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川口隆夫新作『バラ色ダンス 純粋性愛批判』インタビュー。

土方巽の『バラ色ダンス』(1965)をモチーフに作品をつくろうと考えたきっかけは? 数ある土方作品のなかで『バラ色ダンス』に着目されたのはなぜでしょう。 川口>土方の『病める舞姫』という著書を題材に、2012年から『ザ・シック・ダンサー』という作品を上演してきました。『病める舞姫』はテキスト自体がとても面白く、70年代に土方がつくる舞踏譜と関連があるともいわれています。土方は68年に『肉体の叛乱』...



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リアル動画で話題沸騰! 谷桃子バレエ団芸術監督・髙部尚子インタビュー <前編>

公式YouTubeが大きな話題を集めています。撮影をチャンネル登録者数138万人・ローランドの『THE ROLAND SHOW』制作で知られるソンDチームが手がけ、今年6月にリニューアル。『【批判覚悟】バレエ監督の告白……』と題した一番人気の動画は40万回再生され、大きな反響を呼びました。 髙部>この反響は想像もしていませんでした。「ローランドさんを撮っているチームが制作するのでバレエに興味がない...



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リアル動画で話題沸騰! 谷桃子バレエ団芸術監督・髙部尚子インタビュー <後編>

YouTubeの撮影を手がけているのは、チャンネル登録者数138万人・ローランドの『THE ROLAND SHOW』制作で知られるソンDチーム。彼らの制作条件は「包み隠さず全てを話すこと」で、実際YouTubeでは経営に苦しむバレエ団の実情が赤裸々に語られています。これまであまり公にされてこなかった日本バレエ界の影の部分でもありますが、そもそもどうしてこうした動画を配信しようと考えたのでしょう。 ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(35)

インターは義務教育にあたらず!? 学校に通うのが難しくなったとき、まず通信教育を考えました。けれどいざ問い合わせると、“日本の義務教育を終えていない人は受け入れられない”と言われてしまった。愕然とし、大事なことに気づきました。娘の通うインターナショナルスクールは日本の文部科学省に認可されていないため、日本では義務教育を受けていないということになる。バカロレアを取って日本の大学に進学し、無事卒業でき...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(34) 

日本以上!? 熱心なオランダの教育制度 37歳のとき、日本に帰国しました。18歳でフランスに行ったので、日本で暮らすのはほぼ20年ぶりです。ちょうど桜が咲くころでした。それまで帰国するのは夏や冬の長期休暇と時期が決まっていて、こんなに桜はきれいだったんだと、日本の四季のうつくしさを改めて感じました。 日本に帰ってきた一番の理由は、やはり子どものためでした。オランダは4歳から教育がはじまりますが、そ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(33)

“パーティーよ!”で自宅出産 オランダは自宅出産にかかわるシステムも整っていて、妊婦はまず2度ほど病院に行って医師からいろいろ説明を受け、さらに出産教室に10回程度参加する決まりになっています。 お医者さんには、まず知識をつけることが大切だと教わりました。自分の身体は今どういう状況で、次の段階でどういうことが待ち構えているか。薬を飲むこともできるけど、それにはどんな副作用があって、どんなリスクがあ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(32)

子どもを産むか産まないか ダンサーのキャリア形成にはいくつかの道があり、壁もあります。私が思うに、NDT以外のカンパニーで踊ったことのないダンサーは、長くNDTにいる傾向がある気がします。NDT2でキャリアをスタートし、NDT1で踊り、NDT3に移り、バレエマスターになってーーと、定年退職までNDTとずっと関わり、そのままハーグに住み続けていく。一方、カンパニーを転々とするダンサーもいて、彼らは一...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(31)

アーティストの理想と現実の狭間で 『BLACKBIRD』の初演は2001年10月6日。本番に先駆け早々にさいたま入りし、劇場でリハーサルを重ねています。 当時私の姉が出産間近で、さらに地元に台風が上陸してと、実家が大変なことになっていました。私も日本にいることだし、公演の直前ではあるけれど、実家の様子を見に行った方がいいかもしれないーー。リハーサルが終わり、台風情報を見ようと夜ホテルの部屋でテレビ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(30) 

NDT日本ツアーで NDT1在団中の1999年、彩の国さいたま芸術劇場で『One of a Kind』を踊っています。退団前の最後のツアーでした。その際、館長を務めていた諸井誠さんから「中村さんがひとりで踊るフルイブニングを上演しませんか」と声をかけていただいた。それが『BLACKBIRD』のはじまりでした。 けれどキリアンに打診をしたら、「女性がひとりで踊るそのような公演はあまり好まない」と言わ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(29)

ローザンヌでコーチング 2006年のローザンヌ国際バレエコンクールでキリアン作品がコンテンポラリーの課題曲になることが決まり、私が参加者のコーチングを担当することになりました。現地入りする前に、まず具体的な課題曲の選定と、その資料作りをしています。女性用の課題曲に選んだのは『BLACK BIRD』と『One of a Kind』、キリアンがNDT2のためにつくった『27’52̶...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(28)

ヨーテボリとヘルシンキでクリエイション フリーになってまだ間もないころ、金森穣さんが『ダンス・サラダ・ヒューストン』(アメリカ・ヒューストンで開催されているダンスフェスティバル)から新作を頼まれ、そこにダンサーとして出演することになりました。穣さんは当時NDT2からスウェーデン・ヨーテボリ・バレエ団に移籍したころで、クリエイションのためヨーテボリへ行きました。カンパニーと一緒に稽古をし、穣さんとク...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(27)

キリアン作品を教えに  『Dream Window』の創作に取りかかっていた頃、並行してキリアン作品の振付指導の仕事をはじめました。 当初キリアン作品の振付指導者は3人いて、ひとりは東京バレエ団にも教えに来ていたハンス・クニールで、もうひとりがロズリン・アンデルソンというオーストラリア人の女性で、もうひとりはベルギー人のアルレット・ファン・ボーヴン。みんな元NDTのダンサーで、NDTのバレエマスタ...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(26)

退団後初作品で金賞受賞  2000年2月、ハーグのコルゾー劇場で『Dream Window』を発表しました。NDT退団の半年後で、フリーになってはじめて仕事として報酬をいただき、振付をした作品でした。 コルゾー劇場は小さいながらも興味深い企画を精力的に手がけている劇場で、公演を観に足を運んだり、私自身も仲間の作品にダンサーとして出演したことがありました。NDTの最後のNYツアーから戻ってきたときの...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(25)

キャリアチェンジをサポート NDTにはいわゆる退職金というものはありません。それに代わるシステムがふたつあり、ひとつがカンパニーを辞めてセカンドキャリアをはじめるまでの期間をサポートする制度。カンパニーを辞めた、次に何をしようと考えて、新しい道が見つかるまでだいたい6ヶ月くらい必要だろうということで、最後に受け取っていた月給とほぼ同じ額が6ヶ月間にわたって支給される。これは保険のように自分たちが掛...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(24)

退団のジンクス『One of a Kind』 『Bella Figura』と並び、私のNDT1時代の代表作となったのが『One of a Kind』でした。ただ『Bella Figura』はうつくしく受け入れやすい作品であるのに対し、『One of a Kind』はより哲学的で咀嚼するのに労力が必要だったりと、それぞれ作品のテイストは異なります。私の中で『One of a Kind』は一番重い作品...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(23)

初めての日本人として 私はNDTに入った初めての日本人でした。私の在籍中、NDT2に金森穣さんや井関佐和子さん、大植真太郎さんらが入ってきました。私がNDTを離れてしばらくして、小㞍健太さん、渡辺レイさん、湯浅永麻さんがNDT1に入団しています。永麻さんとは在籍期間はかぶっていませんが、オランダでは交流があって、私の子どもが小さい頃よくご自宅に招いてご飯をつくってくれたものでした。 私の退団後、日...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(22)

エリート中のエリート! ポール・ライトフット NDT在団中によくペアを組んでいたのが、ボーイフレンドのユーリと、『BLACKBIRD』で共演するケン・オソラ。そのほか、後に芸術監督になるポール・ライトフットともたびたび一緒に踊っています。私はキリアン作品のラストでロングドレスを着てゆったり踊るシーンに起用されることが多く、その相手役に背が高くて手脚の長いポールがキャスティングされることがよくありま...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(21)

労働時間外の創作活動 ワークショップで自作を発表するチャンスは希望者に与えられます。私が在籍していた頃は振付が盛んで、出品を望むダンサーが多くいました。ただ発表の場となるチャリティー公演は労働時間外のイベントなので、創作も労働時間外に行わなければなりません。振付をしたい人がたくさんいる一方で、自分の自由時間を割いて出演するというダンサーはある程度限定されていて、そうなるとひとりの人が何作品も掛け持...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(20)

修道院でプロジェクト 休日というのはカンパニーの仕事で疲れた身体を休めるためのものであり、リフレッシュするために使う、というのが大前提。オランダでは休みも含めた年13ヶ月分のお給料が出ることになっていて、休みの間は倍の月給が支給されます。休みの分もお給料を払っているのだからきちんと休んで欲しい、というのがカンパニーの言い分です。ただダンサーの中には休みを活用してNDT外で自分たちのプロジェクトをし...



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ダンサーズ・ヒストリー 中村恩恵(19)

ダンサー生命を救ったオハッド 腰痛に悩まされていたとき、大きな救いになったのがオハッド・ナハリンとの出会い。オハッドもヘルニアを患っていて、身体を動かすことで不調を克服する方法を研究してた。当時はまだGAGAとしてメソッドを確立する前で、彼が自分自身の訓練のために使ったり、クラスを教えるときに取り入れていたようです。 オハッドが創作のためNDTに長く滞在し、その過程で身体の使い方を教わったことで、...



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