山本康介さん『英国バレエの世界』独占ロングインタビュー

英国バーミンガム・ロイヤル・バレエで10年間活躍してファースト・ソリストとなり、日本に帰国後はローザンヌ国際バレエコンクールなどテレビ番組の解説者、指導者、振付家として幅広く活動している山本康介さん。温かい人柄がにじみ出るわかりやすい解説でもおなじみです。コロナウィルス禍の緊急事態宣言の際にはInstagramで平日レッスンを自宅から配信し、的確な指導と美しいお手本で大好評を博しました。トップのプロダンサーからダンサーの卵たちまで、千人を軽く超えるダンサーたちが毎回参加していました。

 

その山本さんが、10年間の英国での経験と、帰国後の10年で切り開いていった類のない道のりから得た知見をつづった著書、『英国バレエの世界』(世界文化社)が出版されました。山本さんの明るく柔らかい声が聞こえてくるような親しみやすい言葉で、バレエの本当の魅力が語られ、この本を読み終わった時には知識だけでなく、心が豊かになった気持ちになるような快作です。

山本さん自身の道のり、英国バレエの歴史―偉大な振付家やダンサーたち、そして英国バレエの特徴。また本場英国の名門でダンサーとして踊ってきた山本さんの視点ならではの英国的な作品の魅力が実感を伴って語られています。今の日本のバレエ教育の問題点、振付家や解説者という立場だからこそ語ることができる本質ももちろんですが、ダンサーとしての経験に裏付けられた、踊る上でバレエの歴史や作品の背景を知ることの大切さが説かれています。

手に取りやすいサイズ、シンプルでシックな装丁、わかりやすく見やすい注釈、持ち歩いて繰り返し読み返してみたい豊かで素敵な一冊です。バレエを学ぶ若い人から、バレエを観るのが趣味の大人、そして指導者まで多くの方たちに読んでいただきたい、バレエへの愛が詰まった宝石のような本です。

その山本さんに、この本を作るにあたっての想いを語っていただきました。

「バレエの正しい認識を持って、奥が深いものを感じ取っていただけるようにしたい」

Q: この本『英国バレエの世界』を作るにあたってこだわったポイントは?

山本 「最初は漠然と本を出したいという気持ちはありました。ぼくが今解説という仕事をしているのは、みんなに正しい認識を持ってもらいたいからです。引っ越し公演で日本に来ると、芸術全体の形を観に来ているというよりも、トウシューズを履いているとか、たくさん回っている等、バレエの一部分に目が行きがちなのかな、と感じていて……。総合芸術に対する認識がヨーロッパとは違うと思いました。西側のバレエ団は、バレエ・リュスを通してみんなつながっていて、皆関係性を持っているカンパニーです。招聘公演だったり、有名なスターだったりを日本で観られるような時代になりました。だからこそ、正しい認識を持つようになって、脚が高く上がっているとか外見だけでなく、もう少し奥が深い何かを、実際に観た時に感じ取っていただけるようにしたい、と考えたのが最初のきっかけです。」

「編集の方と試行錯誤を重ねて手に取りやすい本を目指しました。実験的にいろいろやりながら、デザインやレイアウトにもかなりこだわり、今まで見たことがないような本を作りたいという気持ちで制作しましたね。コロナウィルス禍が起きるとわかっていたら、もう一章入れていたと思います。世の中における、バレエのありかたといったことを入れたかったですね」

 

バレエ界の中で、ぼくがこれまで培ってきた知識や経験を、少しでも与えられる人になりたい

Q:山本さんの、バレエそのものに対する愛も感じられますし、バレエを学んでいる人への愛も感じられる一冊になっていると思います。山本さんのバレエへの愛はどうしてこんなに深くなったのでしょうか。

山本 「ぼくのバレエに対する愛が深くなったのは、実は日本に帰ってきてからの方が強くなったのです。帰国して自分がダンサーの立場、プレイヤーから外れた時に、環境が整っていない人たちと関わる機会が、海外にいるより圧倒的に増えました。その中でも踊りたいという気持ちは実力に関係なくあるものなので応援したい。バレエ界の中で、ぼくがこれまで培ってきた知識や経験を、少しでも与えられる人になりたいと思ったのがきっかけです」

 

Q:20代で現役のダンサーを退いて、新しいキャリアへ移って行ったのはなぜでしょうか。

山本 「いつまでも踊れるわけではないと思っていました。外国のバレエ団では意外と引退が早く、30歳そこそこになると次は何しようか、と考える方も多いのです。ぼくたちも学生の頃から、セカンドキャリアを持つことが大事だと教えられてきました。自分の中でいつ辞めて次は何をしようかということを頭の中でいつも考えていました。ぼくはまだ自分にパワーがある時に、次にやりたいことがあるなら準備をしておいた方がいいと思っていました。今やっと辞めて10年目に入って、自分が漠然と何となくやりかけたことがやりたい方向に進みだしていると感じ始めているくらいでした。その矢先に、このコロナウィルス禍となってしまいました。」

「ぼくたちは、とても若い時にプロのダンサーになりたいという気持ちがないと、プロにはなれない職業です。世の中の仕組みがわかった時には、もうバレエダンサーになって何年か経っていて、どんなに成功しているダンサーでもこれで良かったのだろうか、と思う時が来ます。踊ることそれ一本でいくという人もいれば、経験を経て何を伝えるかという風にスイッチしていく人と、やはり両方いないと、誰もがバレエ団の中でバレエマスターとか芸術監督として残れるわけではありません。広い知識を持ち自分自身で世の中に目を向けることをしていないと、転職するにしてもタイミングが大事です。外国のカンパニーではキャリアのサポートはあります。ぼくは若い頃は力で踊るタイプで、そういう力があったのでできてしまったところもあったのですが、辞める前にコントロールするということをようやく学びました。自分が教えることで、たくさんのバレエのことを学びました」

 

Q:ご著書の中で、日本のバレエを輸出するために振付家・演出家が出てきてほしいと願っているという言葉に共感しました。英国で踊られていた山本さんはどうしてそのように感じられたのでしょうか。“ロイヤル・スタイルというものはない”という章も大変興味深く読ませていただきました。

山本:「昔は外国の作品を買って上演していたバレエ団は少なかったのですが、今は日本のバレエ団でも、外国の名の知れたプロダクションを借りたり衣装を新制作したりして上演するというのが当たり前になってきました。そうやってバレエを観るお客さんが増えてきた、育ってきたと思います。でもやはり日本のスタイルというものを作っていかないと、逆輸入になってきて、外国で踊ってきたからいい、外国で成功してきたからいいバレエという時代ではなくなってきたと思います。自分たちのスタイルを身につけていく時が来たと思います」

「“山本さんはロイヤル系だから”と言われてきました。“ロイヤル系じゃなくてロイヤルですよ”と答えているのですが。メソッドとしてのワガノワ・スタイルだったり、オペラ座のスタイルだったりと、昔から培ってきたものを体に叩き込んでいく中でのメソッドというものはロイヤル・バレエにはないので、いろんなものを取り入れて行ったもの、作品重視で成り立っていったのが今のロイヤル・バレエのスタイルです。そういったスタイルについての知識はとても大切なことです」

 

Q:この本の中では、山本さんが実際に踊られた、多くの英国的お勧め演目について語っておられますが、その中でも山本さんが特に好きな作品は何でしょうか?

「それは本を読んでいただいた印象にお任せしますが(笑)。本に掲載されているもの以外では、今回ページ数の関係で割愛してしまったのですが、アシュトン振付の『シンフォニック・ヴァリエーションズ』です。短編のバレエの中でも一番好きかもしれません。そしてバランシン振付の『テーマとヴァリエーション』も大好きです。『シンフォニック・ヴァリエーションズ』こそ、自然なのにダイナミック、チャーミング、そして繊細で、叙情で表す言葉がすべて入るようです。バレエ・リュスの人がこれを観たとしたら相当感激すると思います。アフターヌーンティーのような英国的なバレエです。

『テーマとヴァリエーション』は音楽との一体感が素晴らしいしクラシックバレエの豪華さもあります。踊る楽しさとクラシックバレエの豪華さが一緒になったようなバレエです。フィナーレの頂点に達した高揚感は観ていても鳥肌が立ちます」

 

Q:バーミンガム・ロイヤル・バレエではデヴィッド・ビントレー監督の作品をたくさん踊られましたね。

「バーミンガム・ロイヤル・バレエにいると、比重として芸術監督のデヴィッド・ビントレーの作品がレパートリーの約半数程度を占めていましたので、彼の作品とそれ以外とを両立させることが求められていました。現役時代は、そのバランスに疑問に思った時期もありましたが、彼自身が白いバレエやアシュトンの作品にも敬意を払っている人だったので、必然的にまんべんなくこれらの作品の大切さがわかるようになりました」

「デヴィッドの作品で観るのが一番好きなのは『ペンギン・カフェ』です。フィナーレで全員集まるのは楽しいので踊るのも好きでしたが、観ていてもテーマ性がとてもしっかりしているし、音楽もちょっと変わった感じでとても良くて、みんなに観てほしい作品です。実際に踊って好きだった作品としては『カルミナ・ブラーナ』です。音楽の持つパワーが舞台を覆って、暗い照明の中で自分が踊りたいから踊っているというよりも、力で押されて踊らされている自分を感じました。テーマも神に背く、大罪を犯すことについてのバレエです。強く背中を押されて踊っている何かをとても強く感じていました。不思議な感じで、衝撃的でしたね。ああいった演出だったりデザインだったりはデヴィッドの性格とは真逆のところがあって、彼はとても物静かで人に対して失礼なことはしないし、英国的なマナーを持った人なのに、あのような奇抜な面も持っているんだと、びっくりしました。歌の内容もわかりやすく表現していますね」

「他に踊っていて楽しかったバレエとしては、バランシンの作品は全般的に好きでした。『アゴン』などはチャレンジし甲斐がありました。海外のバレエ団はいろんな振付家の作品を踊ることができます。それでもバーミンガムは偏っている方だと思いますが。芸術監督がカルロス・アコスタになってウヴェ・ショルツやイリ・キリアンの作品もレパートリーに入りました。今このような時期なので各バレエ団も来シーズンのレパートリーが予定通りになるかわからないところがありますが。いい意味でも悪い意味でもダンサーにとって変化というのは必要なのです」

 

『ロミオとジュリエット』と『ライモンダ』を創るのが夢

Q:帰国されてからは、振付家としても活躍されており、この本の中でも作品が紹介されています。作品を創作するにあたって心掛けていることはどんなことでしょうか。

山本:「作品を振付けるにあたっては、作品を創ってみたい、という気軽な気持ちはあったのですが、やらないといけないから創ったというところで学んでいったことの方が多いと思います。やりたいことを何でもいいからやるといいよ、と言われると意外と、お料理と一緒でうまくできなかったりします。冷蔵庫の中にこの材料があるので、と決まったもので創ってくださいと言われた時の方が良いものができたりしますよね?!制限、条件がある中でできたものの方が、自分の勉強になります。

このように見せるというのは日本に帰ってきてからです。イギリスにいる時から作品は創作していましたが、日本に帰ってきてからの方が、プロ、アマチュアを問わず自分の指導者としての配分を強くしながら、そうしなければならない比重が強くなったので、それで伝えることもクラシック重視でみんなの勉強になるように作るという方向が定まってきました。最近では、瀬島五月さんに振付けた『椿姫』の評判が良かったのですが、これは再演したいと思っています」

「今後は、『ロミオとジュリエット』『ライモンダ』を創ってみたいという振付家としての夢があります。『ライモンダ』という演目がとても好きなのです。でも納得するプロダクションをあまり見たことがなくて。ヌレエフ版はセットや衣装は好きですが、少し長すぎます。ステップも詰め込まれすぎていてしんどそうだと思ったりするので、自分で創ってみたいと思っています。『ロミオとジュリエット』の方が難しそうです。マクミラン振付のものが自分の中に強く入っているので、いざ作らなければならない時にはとても悩むと思いますが挑戦したい」

 

Q:バレエを正しい形で多くの人に知ってほしいという気持ちがこの本から伝わってきます。バレエはどうしたらもっと気軽に見てもらえるようになるのでしょうか。

山本:「バレエだけでなくてどの業界の風潮からも見てみると、たくさんのお客さんの動員をするためにはコラボレーションが重要だと思います。わかりやすくかみ砕いたものと、この二つが主流になってくると思います。今の人に『白鳥の湖』を劇場の中で3時間かけて観ろと言うのは、時間や余裕がない方がたくさんいるので難しい。短めのわかりやすいものを入り口すると、きっかけになるかもしれません。オペラとバレエなど、いろんな分野の人を混ぜたような、一時期のシルク・ド・ソレイユが成功したような、あらゆる多方面の肉体的な技術に長けた人たち、パフォーマンスをする人たちにテーマ性のあるものを表現してもらう方法が成功していますね。そういうビジネスモデルが出てきているのを感じます。バレエは衣装担当や、照明の人たちもいて、音楽の演奏家も必要な総合芸術ですからお金もかかりますが、総合芸術の素晴らしさは理解してもらえるようにしなければなりません」

 

「政治、自分の住んでいるところのシステムをよく知ることも大切なこと」

Q:コロナウィルス禍で、ダンサーの皆さんは舞台にも立てませんし、稽古場でレッスンをすることもできませんが、山本さんがInstagramで毎日配信していたクラスが、そのようなダンサーたちにとても好評でした。今ではInstagramのフォロワーが7800人もいます。ダンサーの皆さんへのメッセージがあれば教えてください。

山本:「レッスンを受けられない毎日の中でも、ダンサーの皆さんの努力は素晴らしいです一日何クラス受けた、といったことを話している方もたくさんいます。たくさん受けたからといって上手になるわけではないのですが、日本人のダンサーは真面目ですね。クラスを受けてくださる方も多くてフォロワーが増えました」

「今回のコロナウィルス禍があると、舞台芸術への打撃も大きくて、すぐに元通りになるのは難しいと思います。みんなで協力できることは協力して、バレエ団の垣根を越えて誰か共通して動く人が必要だと思うので、ぼくも交流をどんどん進めていきたいと思っています。10年前にはあまり考えられなかったのですが、ぼくは今では多くの団体と仕事をさせていただいています。バレエファンも変わってきたところだと思います」

ダンサーは健康体であることが大切、それで成り立っている職業です。今は我慢して出歩かないで、医療崩壊を避けるためにも自分が病院に行かないで済むように、怪我をしないで健康体であることが大切だと思います。今回のことで皆さん考える時間はたくさんあると思うので、自分の今後の先行きとか、政治、自分の住んでいるところのシステムをよく知ることも大切だと思います。自分で今何が起きているかという情報をキャッチして、それに対してどう思うかということを社会に発信していくということ、もう少しコミュニティの中で。政治に対してもう少し関心を持つこと、それはダンサーだけでなく若い人全般に対してですが、そうしてほしいと思っています」

 

具体的にできることを自分で考えて行動を起こせることが、プロを目指すうえで大切

Q:プロを目指している若い人へのアドバイスは?

山本:「SNSなどを通して、いい情報も間違った情報も山ほど入ってきます。自分が惑わされない強さを持つこと。調べたり動いたりすることだけではなく、待つことがプラスになることもたくさんあります。自分で計画をきちんと立てること、10年後にバレリーナになりたければ、2年後にはこうなっていて、それがコンクールで賞を取るということではなくて、クラスの中でできるようになるというような。また、3年後に留学したいなら英語の勉強を1年前までに終えていないといけないとか、具体的にできることを自分で考えて行動を起こせること、それがプロになるために一番大事なことではないかなと思います」

「もちろんバレエが大好きというのは前提だと思いますが。計画通りにならないこともありますが、自分が目標を持ったからこそ、計画通りに行かなくても次が見えてくるところがあると感じます。ぼくの考えたことや経験したことが、その人に必ずしも合わないこともありますが。でも人の話は聞かないよりは聞いた方がいいと思います。指導者はやはりとても大事です。週1とか週2のレッスンだからこそ、きちんとした先生につくべきです」

 

Q:山本さんが指導をされるときに心がけていることはどんなことでしょうか。

「指導者として自分に言い聞かせていることは、絶対に怒らないことです。自分が怒ってしまったら自分が負けだと思います。子どもがなぜそう思うのか、ということを理解することで、相手が自分のいうことを聞きたい、という先生になりたいと思います」

(この本を購入された方の特典として、山本さんが指導するレッスン動画が視聴できます(上記動画のロングバージョン)。「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」のヴァリエーションです)

 

Q: 山本さんの今後の夢をお聞かせください

「ぼくの夢としては、国際交流の懸け橋になりたいということです。ヨーロッパと日本というのはもちろんですが、アジアの中の日本というのも考えています。日本も新しい時代が来ていると思います。東南アジアにも、アフリカにも、ヨーロッパにも、とても良いプロダクションや、良いダンスを持って公演に行きたいですね。日本のバレエ団も年に一回くらい海外ツアーに行って帰ってくるくらいのことが当たり前のことになってほしいと思います。」

「コロナウィルス禍という時期なので、毎日の生活も大変だと思いますが、今はみんなで考える時期です。文化や芸術は心の栄養になるので、皆さんが収束後に劇場に足を運ぶことができるように、皆さんにも努力をお願いしたいです」

 

にこやかで親しみやすい語り口の中に、バレエへの情熱と、現役ダンサーや後進へ贈る暖かい視線が伝わってきた山本さん。英国と日本での経験に裏打ちされながらも、そこに留まらない幅広い視点で今の日本のバレエ界に欠けているものをしっかりと見据えられていました。山本さん以上に、バレエの伝道師として活躍してほしい方はいないと思うほどです。『英国バレエの世界』ぜひ手に取って持ち歩き、繰り返し愛読してほしい一冊です。




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