日本フィル、アレクサンドル・ラザレフがストラヴィンスキーの日本初演「ペルセフォーヌ」を語る

日本フィルハーモニー交響楽団は、来年5月18日、19日に開催される第700回東京定期演奏会にて、ストラヴィンスキー作曲の「ペルセフォーヌ」の日本初演を行います。

1957 年4 月4 日に日比谷公会堂ではじまった日本フィル東京定期演奏会が、2018 年5 月に700 回を迎え、節目となるべき記念すべき公演です。

この記念すべき演奏会で桂冠指揮者兼芸術顧問のアレクサンドル・ラザレフとともに、ストラヴィンスキーの《ペルセフォーヌ》(1934 年)を日本初演いたします。 台本はギリシャ神話をもとに文豪アンドレ・ジイド(『狭き門』等の作者)が書き下ろしたもの。 大編成のオーケストラ、テノールの歌で進行、水の精や亡霊たちの合唱も加わり、春と農耕の女神、ペルセフォーヌが語る、ストラヴィンスキーの壮大な音楽です。


第700回記念 特設サイト
http://www.japanphil.or.jp/700th/

なかなか上演されない「ペルセフォーヌ」について、指揮のアレクサンドル・ラザレフ(桂冠指揮者兼芸術顧問)と、ナレーションを務めるドルニオク綾乃さんの記者会見が行われました。



<公演日時>2018年5月18日(金)19:00
      2018年5月19日(土)14:00

<公演会場>サントリーホール

<指揮>アレクサンドル・ラザレフ
    [桂冠指揮者兼芸術顧問]
ナレーションを担当するドルニオク綾乃さんは、クラシックバレエを学びフランスにバレエ留学をしたのち帰国、演劇を大学で学んでTPT「かもめ」ニーナ役に抜擢されるなど女優やコンテンポラリーダンサーとして活動。在学中に本格的に声楽を学んでヨーロッパでオペラ公演に出演し、現在ベルリン在住という異色の経歴の持ち主です。

上記の特設サイトで、詳しい記者会見の内容はアップされていますが、特にバレエファンにとって興味深い情報を中心に伝えて行きたいと思います。ラザレフが語るこぼれ話や、歴史的な経緯についての話が非常に面白くて、思わず聴き入ってしまいました。(ラザレフは、1987年から1995年にかけてボリショイ劇場の首席指揮者兼芸術監督を務めています)

この「ペルセフォーヌ」は、バレエ・リュスの時代に活躍してフォーキン振付の「シェヘラザード」を初演した女性ダンサー、イダ・ルビンシュタインによって委嘱されたバレエ曲ということが重要な事実です。会見でラザレフも語っていますが、ルビンシュタインは正規のバレエ教育を受けていなかったため踊りの技術はなかったものの、裕福な上絶世の美貌の持ち主だったため、自身のバレエ団を結成して公演を行い、ラヴェルに《ボレロ》を、そしてストラヴィンスキーに《妖精の口づけ》を委嘱しています。

ラザレフ:日本で愛されている作曲家、ロシア音楽はたくさんありますが、日本ではロシアの音楽というと、まずチャイコフスキーの《白鳥の湖》、ストラヴィンスキーでいうと《春の祭典》をあげられるでしょう。《春の祭典》に至っては、おそらく毎日演奏されているのではないでしょうか。とっても上手に演奏されていると思います。だから私たちはあえてこの曲を演奏することは致しません。

《ペルセフォーヌ》とってもいい音楽ですよね。美しい音楽です。難しさが何かというと、参加者がたくさんいることです。参加者が多すぎて、私が通る場所がない。どうやって通って行こうか、指揮台まで。まず、行き方がわからない。私はそういう状態は好きではないですけど、まあ、たまにはいいかなと思っています。

イダ・ルビンシュタインとバレエ・リュス

ラザレフ:この作品が生まれる経緯において、とても重要な役割を果たした女性がいます。イダ・ルビンシュタインです。綾乃さんのようにルビンシュタインもとても美しい女性でした。その彼女はとても裕福な女性でした。1910年にロシアのヴァレンティン・セローフという有名な画家が彼女の肖像画を描いています。(サンクトペテルブルグのロシア美術館にあります。私もこの絵を見て写真を撮影しています↓)。

とても美しい女性でしたが、踊りは下手だったと思います。踊りの教育を受けていないんです。当時のロシア芸術劇場においては、アンナ・パブロワというような名ダンサーがいたわけですよね。そういう名ダンサーがいる中で、ディアギレフにとっては踊りのさほど上手ではないルビンシュタインは言ってみれば必要なかったのです。見限られてしまったのです。しかしルビンシュタインは注目の的になりたかったわけですから、自分でいろいろなモーションをかけ始めるわけですね。
そのイダ・ルビンシュタインにとってとても大切で、彼女の名前に密接につながっているのがストラヴィンスキーのバレエ《妖精の口づけ》という作品です。ただ、今はっきりとは覚えていないんですけれども、《妖精の口づけ》を彼女は注文したのですが、どうやらうまくいかなかった。先ほども言いましたが、彼女は踊りの教育を受けていないのですから。

私の頭の中に、踊る美しい女性、で浮かんでくるのがイサドラ・ダンカンがいます。彼女も踊りを特別には勉強していません。でもキジ(鳥)のように美しく踊ることができたわけです。モスクワ音楽院の近くにイサドラ・ダンカンの名前の付いた踊りの学校ができました。ボリショイ劇場の舞踏学校と、ダンカン舞踏学校というのがあるんです。ダンカンはとても見た目も美しかったので、ロシアの有名な詩人、エセーニンが彼女に恋をしてしまいました。エセーニンは彼女と結婚し、彼女はエセーニンをアメリカに連れ帰りました。けれども彼女はエセーニンが酒飲みだということを知らなかった。彼もとても素晴らしい詩人でしたが、浴びるようにお酒を飲んでいました。彼は時々ダンカンに暴力をふるっていたということもあるようです。そのあとで二人は別れてしまうんですけれども・・・。ということでダンカンも舞踏教育を受けていないのですが、彼女もロシアの芸術の歴史の中で名を遺した一人です。イダ・ルビンシュテインもそういうこともあったので、許してあげましょう。

ストラヴィンスキーはとても良いスコアを書きあげています。たくさん人がいます。いい音楽です。素晴らしい合唱がたくさん出てきます。子どもたちも最後の方に歌います。最後は静寂の永遠の中に音楽が消えていきます。私は聴衆としてコンサートホールに行けるのであれば、「ペルセフォーヌ」は聴きに行くでしょう。ストラヴィンスキーは第1ページに、イダ・ルビンシュタインの注文によりこれを書き上げ、初演に彼女が参加したというようなことをたくさん書き、スコアの中に彼女の名前はしっかり刻まれています。

今回のナレーションを担当するドルニオク綾乃さんから

ドルニオク綾乃:日本初演の《ペルセフォーヌ》をペルセフォーヌ役でやらせていただけるのを光栄に思っています。と同時に、とても責任を感じています。セリフと歌と音楽が一体になったユニークな作品だと思うのですが。

ラザレフ:ペルセフォーヌというのは、黄泉の世界に降りて行って苦しんでいる人を助けてあげるのだから、苦しんでいる人に救いの手を差し伸べてあげる役割があなたにはありますよね。あの、綾乃さん、あなたは困っている人に手を差し伸べてあげられますか?

ドルニオク:はい。

ラザレフ:じゃ、あなたは立派なペルセフォーヌです。

ドルニオク:人助けをまず頑張りたいと思います(笑)。あとはそうですね、ギリシャ神話の話なので、ギリシャ神話も読みながら勉強しています。フランス語でペルセフォーヌの気持ちや状況を話すのですが、字幕はつきますが、フランス語でどれだけ日本のお客様に伝えることができるか模索しながら頑張りたいと思います。

ラザレフ:音楽もサポートしますよ。

ドルニオク:音楽と演劇が一緒になるという独特な作品だと思います。それから、ギリシャ古典演劇は、役者とコーラスでできていたと思うのですが、そこと関係があるのでしょうか?

ラザレフ:イダ・ルビンシュタインのために書かれたわけです。歌えもしなかったし、踊れもしなかったから、語るしかなかった。へたっぴなダンサーだったから。

質疑応答

Q1:テキストを書いたジイドがずいぶん前からテキストを準備して楽しみにしていたにもかかわらず、ストラヴィンスキーの作品が気に入らずリハーサルを一回見ただけで本番は聞いていないと聞いています

ラザレフ:初演には同席していないので、その辺の詳細はなんとも言いかねるんですが。劇場で指揮者と演出家の関係に似ていると思いませんか。どっちが大事か、どっちが上か、どっちが優位か。私がオペラ劇場でオペラを振るときは、やはり一番上に立つべきは作曲家だと思います。ジイドは、あんまり作品自体を好きじゃなかったとおっしゃいましたが、ストラヴィンスキーがリブレットを好きじゃなかったという話は聞いていませんよね。

《ペルセフォーヌ》の音楽は、シンプルです。ちょっとレトロ調な、古めかしいというか、昔っぽいというか。そういう作品を書かせると、ストラヴィンスキーは天下一品です。その前にオイディプス王が書かれていますし、少しスタイルが近いですね。そのあと彼の作品の中に割と古い作風が出てきます。でも古い方を見ながらも、ストラヴィンスキーの時代、彼の言葉でしっかりと書かれている。古臭くはない。ストラヴィンスキーにバッハのかつらをかぶせる。かつらはバッハ、顔はストラヴィンスキー。《ペトルーシュカ》も《火の鳥》(マエストロは焼き鳥と冗談でおっしゃいます)《春の祭典》も、全部ロシアに関わる作品ですね。《ペルセフォーヌ》や《オイディプス王》、《カルタ遊び》の時代になると、ヨーロッパ・ストラヴィンスキーです。


Q2:マエストロご自身は、《ペルセフォーヌ》はどこで指揮されていますが?ロシアでも上演されているのでしょうか?

ラザレフ:私はイギリスで振っています。語り、テノール、合唱、今回と同じような形式です。

ロシアでは上演されているかどうかということですが、モスクワに音楽の家というコンサートホールがあるのですが、そこで上演しています。作品そのものについてよりも、演出がとても際どいもので、裸の女性がうろちょろしているような演出で、そちらに話題が持っていかれました。非常に印象は強かったですけれども、音楽については語られなかった。それ以来は演奏されていないと思います。


※ソリストについて

テノールのポール・グローヴスはラザレフからの指名で出演が決定いたしました。既にこの作品の演奏実績もあり、フランス語歌唱にも定評のある名歌手です。(なお、ポール・グローヴスが《ペルセフォーヌ》に出演して歌っている、マドリードのテアトロ・レアル劇場での公演の映像がYouTubeにあります)

またこの作品のナレーターには、演劇的要素とフランス語解釈と発音、そしてストラヴィンスキーの楽譜を読める音楽的素養も求められます。そういった中でこれら全てをクリアできる逸材としてドルニオク綾乃を起用いたしました。彼女は現在ベルリン在住で、フランス語・ドイツ語そして日本語に堪能であり、演劇・オペラ奏法の分野で活躍しています。

【こぼれ話】

《火の鳥》の話ですが、ディアギレフは最初にリャードフに持ちかけています。これは正しい選択だったと思います。おとぎ話をテーマにした作品を書かせると、リャードフの右に出るものはいなかった。ただ、ディアギレフはリャードフがとっても怠け者だということを見逃していたのかもしれません。リャードフの作品、小品が多いですよね。リャードフは、《火の鳥》を書くよ、と言ったんです。その3か月後、偶然ペテルブルグの街中で、ディアギレフはリャードフに会いました。

ディアギレフは聞きました「火の鳥はどうですか?」
リャードフは答えました「とっても順調です。五線譜をもう買いました!」
ディアギレフはその足でストラヴィンスキーの元へ向かったのです。


日本初演となる、日本フィル、ラザレフ指揮のストラヴィンスキー『ベルセフォーヌ』、とても楽しみです。

なお、この会見に先立ち、ラザレフ指揮によるショスタコーヴィッチの交響曲1番の公開リハーサルも行われまいた。入念で緻密な音作りで、細かいところまでラザレフはダメ出しを行って指導し、結果として非常に豊かな音の響きができ上がっていく様子を聴くことができました。音楽もダンス/バレエには欠かせないものであり、バレエファンの皆さんにもぜひ、日本フィル他国内オーケストラの公演を聴いてほしいと思います。

また、日本フィルは毎年夏には、スターダンサーズバレエ団と共に、親子向けの夏休み公演も行っています。
http://www.japanphil.or.jp/familyconcertspecialpage

ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」
ショスタコーヴィチ 日本フィルハーモニー交響楽団 ラザレフ(アレクサンドル)

オクタヴィアレコード 2015-09-17
売り上げランキング : 35615

Amazonで詳しく見る by G-Tools



スポンサーリンク