10/7 K-Ballet Company 「クレオパトラ」

熊川哲也さんが満を持して取り組んだ、初めてのオリジナルストーリーによる全幕バレエ『クレオパトラ』。

http://www.k-ballet.co.jp/performances/2017cleopatra

『クレオパトラ』のバレエ化といえば、1908年初演の、ミハイル・フォーキン振付、レオン・バクスト美術によるバレエ・リュスの作品があり、クレオパトラ役はイダ・ルビンシュタインが演じていたのだが、ストーリーなどは今回の熊川版『クレオパトラ』とは全く異なるもののようである。
https://nga.gov.au/exhibition/balletsrusses/default.cfm?MnuID=3&GalID=3

古典バレエ偏重の日本にあって、オリジナルの全幕作品を一から作り上げ、音楽も自身で探してきて、公演回数も多く設定するという大胆な賭けに出たところ、中村祥子さんが主演の日についてはチケットがソールドアウトを記録するという実績を上げた熊川さん、流石である。

クレオパトラ 浅川紫織
プトレマイオス 篠宮佑一
カエサル スチュアート・キャシディ
アントニウス 栗山廉
オクタヴィアヌス 杉野慧
ブルータス 石橋奨也
オクタヴィア 小林美奈
ポンペイウス ニコライ・ヴィユウジャーニン
案内人 佐野朋太郎
選ばれた神殿男娼 堀内將平
クレオパトラのお付き
 第一ヴァリエーション 矢内千夏
 第二ヴァリエーション 毛利実沙子
 第三ヴァリエーション 辻久美子
 第四ヴァリエーション 大井田 百

「クレオパトラ」は一言で言えば大人のバレエ。殺人、陰謀、そしてセックスと、日本のバレエではなかなか観られないものが観られる。熊川さんが「殺人が許されるのは劇場の中だけ」と語っていたとのことだけど、確かに人殺しのシーンを様々な演出で何回も登場させていた。ストーリーも、史実には基づいているものの、謎に包まれているクレオパトラの生涯とキャラクターをかなり自由な発想で作り上げている。歴史上の女性としては非常に有名なクレオパトラを主人公とすることで、日本国内にとどまらず世界のマーケットで通用する作品を作ろうとした意気込みを感じさせる作品だった。

1幕では、クレオパトラを取り巻く人物、弟のプトレマイオス、対立するカエサルとポンペイウスの争いが描かれる。クレオパトラは、才知に優れている一方でとても官能的な女性として描かれている。中でも印象的なのは、6人の神殿男娼の中からお気に入りを選び、情熱的な一夜をすごしたのちに毒殺するという衝撃的なシーン。日本のバレエでこれだけ濃厚なエロティックなシーンが観られるとは。いつもは清純な印象の強い浅川さんの悪女ぶりが際立った。絨毯に巻かれた姿でカエサルの前に現れるというドラマティックな場面も効果的に演出されていた。男性ダンサーたちの踊るシーンは、ニールセンの複雑な音楽によくぞここまで細かく振付けたという難しいパで構成されていたけれども、それを見事に踊りこなすダンサーたちの技量は素晴らしい。

一方で登場人物が非常に多いので、観る前にある程度登場人物の人間関係とあらすじを頭に入れておいた方が、舞台に集中できると感じた。クレオパトラのお付きの女性たちが一人ずつヴァリエーションを踊るシーンがあるのだけど、それぞれ技術的には素晴らしいのだけど、個々のヴァリエーションが印象に残りにくいものとなっていて、やや冗長に感じられた面もある。エジプト的なポーズというのは、バレエ的に美しく決めるのが難しいので、その辺をどうやってうまく融合させるかというのも振付家の手腕の見せ所。熊川さんはこの点は健闘していたけどさらに良くすることもできるように感じられた。

2幕は、カエサルと結ばれ幸福に暮らすクレオパトラだったが、カエサルは政敵に暗殺される。この暗殺シーンの演出は緊張感にあふれ非常にドラマティックで熊川さんの演出の手腕が光る出色のシーン。そしてカエサルの後継者オクタヴィアヌスと、カエサルの右腕だったアントニウスのライバル関係。クレオパトラと恋に落ちるアントニウス。オクタヴィアヌスの妹オクタヴィアを裏切ってクレオパトラの元に走ったアントニウスをオクタヴィアヌスが追いつめ、やがて終幕へ。非常に盛り上がって面白かった。

そして『スパルタクス』を思わせるようなローマ軍の勇壮な男性群舞がダイナミックな跳躍を繰り広げ、またアントニウスとオクタヴィアヌスがシンクロするように、競うように踊るところも見ごたえがあった。クレオパトラが果てるラストシーンのドラマティックさも圧倒的だった。アントニウスの死に慟哭し、覚悟を決めたかのように激しく踊る浅川さん、ここでは渾身のソロから堂々とした最期まで魅せてくれた。

衣装とプロダクションデザインが素晴らしい。クレオパトラは蛇の化身という設定で、衣装の下に、キラキラ光るフィッシュネットのようなものをまとい、それが蛇の鱗を思わせた。長いチュールを外すとボディスーツのようになっていて、浅川さんの長い肢体、肉体美が映える。舞台美術は、メトロポリタン・オペラやミラノ・スカラ座の舞台美術をデザインしてきたダニエル・オストリング。古代ローマやエジプトの雰囲気を巧みに取り入れながら、シンプルながら力強くドラマ性を盛り上げるもので、特に最終場面の装置は、作品の大団円を迎えるのにふさわしい象徴性のあるものとなっている。

音楽はカール・ニールセンの劇音楽「アラジン」。バレエ音楽として作られているわけではなく、この音楽に合わせて踊るのは大変そうだし、オープニングとラスト以外は耳に残るような曲は少ないけど、エキゾチックさがあって作品の世界観にはとてもよく合っているし、ラストの畳みかけるような盛り上げ方はとても効果的だった。作品の世界へと連れて行ってくれる音楽を見つけてきた熊川さんは凄い。

クレオパトラ役の浅川さんは、堂々たるヒロインぶりで、強さと美しさ、魔性の中に、政争に流されるヒロインの悲劇性、蛇の化身ならではの神秘性などを見せてくれた。このキャラクターのいろんな面を見せなければならないし、非常に多くの男性キャラクターとの踊りもあるので、深みのある感情表現を見せるのは難しい作品である。ラストシーンでの決意を込めた、力強い慟哭の踊りは鮮やかな印象を残すもので、公演を重ねるごとにどんどん表現も深くなっていくのではないかと思わせた。男性ダンサーが充実しているK-Balletだからこそ、これだけ男性キャスト中心の作品を作ることができるのではないだろうか。その中で、成熟した男性ならではの色気を感じさせたカエサル役のスチュアート・キャシディが特に魅力的だった。そして道化的な存在である案内人は、若手の佐野朋太郎さんが好演。すばしっこく軽やかでいいアクセントを作品に加えてくれた。

かなりの上演回数がある『クレオパトラ』の中で、2回目の公演、しかもこのキャストの初日ということもあり、時々スムーズにいかない部分はあったりしたが、これも上演を重ねていく中で完璧に近づいていくものと思われる。中村祥子さんの出演日がすべてソールドアウトということで観ることができないのが残念。公演の後半も観て、ダンサーたちが作品により馴染んだ後の上演も観たかった。あとは印象に残って、そこだけ取り出してもコンサートピースになるような象徴的なパ・ド・ドゥがあればもっと良かったのではないだろうか。

とにかく完全オリジナルで、これだけ娯楽性が高く、日常を離れて古代エジプトへとタイムトラベルさせてくれるような豪華な作品を作り上げた熊川哲也さんと、K-Ballet Companyには拍手を贈りたい。そしてこの作品が再演を重ねて行ってより完成度を高め、いつかは海外ツアーも行うことができれば良いと思う。世界市場に通用する、堂々たる作品の誕生を目撃できた。


演出・振付:熊川哲也
音楽 カール・ニールセン
衣装 前田文子
舞台美術 ダニエル・オストリング
照明 足立恒
指揮 井田勝大
演奏 シアターオーケストラトーキョー



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