「ポリーナ、私を踊る」フランス映画祭2017

バスティアン・ヴィヴェスのバンドデシネ(グラフィックノベル)を原作にした映画「Polina, danser sa vie」は、「ポリーナ、私を踊る」という邦題で、今年10月28日より劇場公開されることが決定しています。
http://dorianjesus.cocolog-nifty.com/pyon/2017/04/polina-danser-s.html

かねてから注目していたこの作品、フランス映画祭2017で上映されるというので観に行ってきました。共同監督のアンジュラン・プレルジョカージュとヴァレリー・ミュラーもゲストとして来日していました。

http://unifrance.jp/festival/2017/films/polina-danser-sa-vie

ボリショイ・バレエ団のバレリーナを目指すロシア人の女の子ポリーナは、厳格な恩師ボジンスキーのもとで幼少の頃から鍛えられ、将来有望なバレリーナへと成長していく。かの有名なボリショイ・バレエ団への入団を目前にしたある日、コンテンポラリーダンスと出会い、全てを投げうってフランスのコンテンポラリーダンスカンパニー行きを決める。新天地で新たに挑戦するなか、練習中に足に怪我を負い彼女が描く夢が狂い始めていく。ダンスを通して喜びや悲しみ、成功と挫折を味わい成長していく少女。彼女が見つけた自分らしい生き方とは…。

原作は、BD書店賞とACBD批評賞を受賞しているバスティアン・ヴィヴェスのグラフィックノベル。ポリーナ役には本作で映画初出演となるアナスタシア・シェフツォワ、コンテンポラリーダンスカンパニーの振付家の役にジュリエット・ビノシュ、さらにパリ・オペラ座エトワールのジェレミー・ベランガールらが出演。


ポリーナ役のアナスタシア・シェフツォワはワガノワ・アカデミーを卒業後、マリインスキー・バレエの研修生となった現役バレリーナ。途中で彼女が入団するコンテンポラリーダンスのカンパニーの振付家役を演じたジュリエット・ビノシュはもちろんスター女優だけど、アクラム・カーンと「in-i」というダンス作品で共演しているということもあって、プロのダンサーと見間違うほどの表現力がある。また、アントワープでポリーナが出会う振付家/ダンサーのカールを演じるのは、パリ・オペラ座のエトワール、ジェレミー・ベランガール。さらに、ポリーナがボリショイ・バレエ入団を捨ててコンテンポラリーダンスを目指そうと思うきっかけ、プレルジョカージュ振付の「白雪姫」の舞台で踊るのは、バレエ・プレルジョカージュの津川友利江さん。

アフタートークでもプレルジョカージュが言っていましたが、この作品においては吹き替えは一切使わず、すべて本物のダンスで構成されているとのことで、ダンスシーンはそれぞれリアルで見事だし、映像としても非常に美しく撮られています。世界有数の振付家であるプレルジョカージュが共同監督をしているだけのことはあります。バレエ学校での厳しいクラス、雪の中でポリーナが踊るダンス、ジュリエット・ビノシュのソロ、アントワープのダンサーが見せる即興のダンス、そしてラストシーン、ポリーナとベランガール演じるカールが踊るパ・ド・ドゥでは、幻想的な演出も美しい。ダンスを扱う映画では、”本物のダンス”というのはとても大切な要素だと思います。


原作に比較的忠実に作っているものの、いくつかの変更点があります。原作ではあまり多く描かれていない、ポリーナの両親とのエピソードが加えられていること、そしてエクサンプロヴァンスのダンスカンパニーの芸術監督が女性であること、そしてポリーナが最終的に目指すのはコンテンポラリーダンスのダンサーではなく、振付家であること。でも、しっかりと原作のスピリットは描かれていると思います。

ロシアの貧しい家庭で育ったポリーナが、本人の希望というよりは両親の「娘をボリショイのプリマ・バレリーナにする」という期待を背負ってバレエ学校に入り、そして両親はそのために大きな犠牲を払うものの、彼女自身が途中で目標を見失って挫折を経験するというストーリーは、ドキュメンタリー「ダンサー セルゲイ・ポルーニン」を思わせるものがあります。ポリーナがボリショイに入団しないという決心を聞いた時の母の取り乱し方は強烈でした。一方で、無一文でアントワープにいるポリーナが、父からの電話にすべてうまくいっている、と嘘をつくシーンも胸を締め付けます。

バレエ学校に入ったばかりのころは決して際立った生徒ではなく、いつもおびえたような様子を見せていたポリーナ。やがて頭角を現すものの、ものすごくバレエに燃えていたわけではなかった彼女が初めて惹かれたのが、コンテンポラリー・ダンスです。しかしそこで怪我や失恋といった挫折を経験し、アントワープへ。そこでも仕事が見つからずお金も底をつき、クラブでアルバイトをしながら荒んだ生活をしていた彼女が、今度はダンスを創造していくことに喜びを見出して目の輝きを取り戻し、自分らしい生き方を見つけていくという再生の物語は、心を揺さぶるものがあります。ボリショイ・バレエ学校で彼女を指導していた厳格な教師ポジンスキーの姿が最後に一瞬登場するというのも、原作を上手くアレンジしていると感じました。

ヒロイン、ポリーナを演じたアナスタシア・シェフツォワは、ワガノワを卒業したダンサーとしての実力もさることながら、吸い込まれそうな大きな瞳と透明感が魅力的。フランス、モスクワ、サンクトペテルブルグでのオーディションで500人の中から選ばれたという。映画の中ではポリーナはどちらかといえば寡黙であまり自分のことを話しませんが、「人が振付けた作品をそのまま踊るのは嫌」という台詞には説得力がありました。アントワープで、すべてを失い、寝る場所すらなくしてしまった彼女が街をさまよう姿の中にも、強い意志が感じられ、モスクワでの弱弱しかった彼女が確実に成長して自由である姿を見ることができました。

出演者の多くは、半年間のダンストレーニングを経たとのことですが、特にジュリエット・ビノシュのダンスの見事さには驚かされました。しっかりとしたダンサーの肉体をもっていて、振付家、ダンサーとしての表現力を備えたダンスです。ポリーナには厳しく接するものの、ポリーナが将来目指すべき道のロールモデルとしての役割を果たしていました。トークでプレルジョカージュは、ピナ・バウシュなどの女性振付家へのオマージュを捧げるとともに、ダンス界にはもっと女性振付家が活躍してほしいという願いを込めて、ビノシュをキャスティングし、ポリーナも振付家を目指す設定にさせたと語っていました。

そしてもちろん、アントワープで登場するジェレミー・ベランガールは、パリ・オペラ座のエトワールでありながら異色のキャリアを歩み、オペラ座引退公演でも、自らの即興作品を踊ったという才人。一般の人達に即興でダンスを踊ることを教える振付家/ダンサーであるという設定がベランガール自身と重なり合うところがあり、またダンサーとしての魅力も大きく発揮されていて、二人が踊るシーンでもリードをしてます。彼の出会いを通してポリーナが再生していくという説得力がありました。

雪に包まれたロシア、華麗なるボリショイ劇場、衣裳部屋でのラブシーン、南仏エクサンプロヴァンスの自然、アントワープの港の夕焼け、ロシアでの少女時代を想起させるラストの幻想的なダンスシーンと映像も美しい。一人の少女の成長物語として、ダンスへの愛を語る作品として、心に残る一本でした

映画『ポリーナ、私を踊る』公式
@polina__jp

https://twitter.com/polina__jp

監督:アンジュラン・プレルジョカージュ、ヴァレリー・ミュラー
出演:アナスタシア・シェフツォワ、ニールス・シュナイダー、ジェレミー・ベランガール、ジュリエット・ビノシュほか

2016年/フランス/フランス語、ロシア語/108分/DCP/2.35/5.1ch
配給:ポニーキャニオン

10月28日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町他全国順次公開

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