Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(15)

「マッチ売りの話+passacaglia」
近代童話劇シリーズvol.2『マッチ売りの話』
演出:金森穣
振付:Noism1
出演:井関佐和子、中川賢、石原悠子、池ヶ谷奏、吉﨑裕哉、リン・シーピン、浅海侑加、チャン・シャンユー、坂田尚也、井本星那
『passacaglia』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、中川賢、石原悠子、池ヶ谷奏、吉﨑裕哉、リン・シーピン、浅海侑加、チャン・シャンユー、坂田尚也、井本星那
初演:2017年1月20日 
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、彩の国さいたま芸術劇場(埼玉)、Teatrul National Radu Stanca Sibiu(シビウ・ルーマニア)

『マッチ売りの話』は『箱入り娘』に続く近代童話劇シリーズvol.2として発表されました。

 アンデルセンの『マッチ売りの少女』と劇作家・別役実さんの戯曲『マッチ売りの少女』をもとに、穣さんが独自に台本を書き上げています。象徴としてマッチを擦るシーンはあるけれど、いわゆるわかりやすい『マッチ売りの少女』の物語ではありません。それぞれ役柄があって、おじいさん、おばあさん、お母さん、暴力的な父親や警察官がいて、街角の娼婦がいる。でもみんなお面をつけて踊るので、役柄を表現できるのは身体だけ。緻密にリハーサルを重ねていきました。穣さんのつくる仮面劇は好きですね。

 穣さんがいろいろストレスを抱えていたころで、いわゆる仮面劇にしたのも、その心理のあらわれのような気がします。私自身は、このころ子どもをもつ予定でした。それもあって『マッチ売りの話』の出演は控え、『passacaglia』にだけ出ています。この二つは繋がっていて、大きなひとつの作品になっています。

「マッチ売りの話+passacaglia」photo:Kishin Shinoyama

『passacaglia』はハインリヒ・ビーバーが17世紀に作曲した宗教音楽『passacaglia』と、新潟在住の現代音楽家・福島諭によるオリジナル楽曲を用いた抽象舞踊でした。井関さんは象徴的な役を踊られています。

 私の役は精霊で、人ならざるもの。白と黒のロングドレスを着て、舞台の中央に立っています。このころからこうした人間という存在を超えた役が増えはじめました。例えば『ジゼル』もそうだけれど、人間ではないものを表現するのは舞台ならではです。日常の感情と切り離した感覚を模索していくのは難しいけれど、やりがいを感じます。

 『passacaglia』は衣裳がかなり大きく、まず準備が大変でした。本番前に私が舞台の中央に置かれた小さな箱の上に立つと、メンバー全員で舞台いっぱいにスカートを広げて、それで幕が開く。私がゆっくり回転すると、ドレスが徐々に集まっていき、そのラインを見せる。これが難しい。変な負荷がかかり、台から落ちないようにと脚はガタガタするし、緊張します。身体を動かしている方がよっぽどマシで、ひたすらぐるぐる回っているから気持ち悪くなってしまいます。でも穣さんに「誰にでもできることじゃないから」と言われ、私もやる気になってしまう。勝手に燃えちゃうんです。お客さんはそんなことは関係なく、ただゆっくりと回転して集まっていくスカートをみて、時間の流れが遡っていくような、不思議な非日常をこの瞬間に感じると思います。

 少女の死後、精霊があらわれ、あちらの世界に連れていくーー。『passacaglia』自体がバロック時代の宗教音楽で、作品には宗教的な要素が含まれています。私と中川賢がデュオを踊ります。といってもいわゆるパ・ド・ドゥではなく、細胞のような、原子のようなイメージで、床を転がったりしている。二人だけの絡みを見つけようと、賢と延々と練習を繰り返していきました。

「マッチ売りの話+passacaglia」photo:Kishin Shinoyama

中川さんはダンス・パートナーとしてはどんなタイプですか。

 賢は自分の道をいくタイプ(笑)。それが彼の良さだと思う。パ・ド・ドゥというと女性は支えてもらうものだけど、彼は一緒に踊る感じ。相手をよく見せるために支えるというより、自分に引き寄せる。だから人は彼に惹きつけられるし、彼を見たいと思うのでしょう。このときのデュオがこうした形になったのも必然だと思います。時が経ち、2024年に再度彼と踊ったときは、少し変わっていました。根底の部分は変わらなくとも、彼本来の人への愛情の深さが身体を通して出てきているのがわかった。年齢を重ねてなお進化している彼を尊敬します。

「マッチ売りの話+passacaglia」photo:Kishin Shinoyama

「Liebestod―愛の死 / Painted Desert(ver. Noism1)
『Liebestod―愛の死』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、吉﨑裕哉
『Painted Desert』((ver. Noism1)
演出振付:山田勇気
出演:中川賢、石原悠子、池ヶ谷奏、リン・シーピン、浅海侑加、チャン・シャンユー、 坂田尚也、井本星那
初演:2017年5月26日
会場:りゅーとぴあ 新潟市芸術文化会館(新潟)、彩の国さいたま芸術劇場(埼玉)

『Liebestod―愛の死』はワーグナーの楽劇『トリスタンとイゾルデ』の『愛の死』を用いたデュオ作品でした。

 穣さんは10代のころからワーグナーの『愛の死』が大好きで、いつかやりたいとずっと温めてきてた作品でした。クリエイションがはじまる前に、穣さんと家で一緒に『愛の死』を聴いています。自宅で音楽を聴くなんてこと、普段はほとんどありません。音楽を聴くと、穣さんは作品のことを考えはじめてしまうので。だからこのときは特別でした。珍しく大音量で『愛の死』をかけて、聴き終わると二人とも涙を流していました。そのくらい心に響く瞬間でした。

『Liebestod―愛の死』Photo:Kishin Shinoyama

井関さんのパートナーに吉﨑裕哉さんが抜擢されています。

 いろいろな人に「吉﨑くんで大丈夫なの?」と聞かれました。私はそれまでずっと中川賢とペアを組んでいたけれど、『Liebestod-愛の死』で描かれるものは、穣さんの中で、賢のイメージではなかったようです。賢はそれなりに傷ついた部分があったのでしょう。私が思うに、『Liebestod―愛の死』で賢は退団を決意した。恐らくそれ以前に、賢の中でそろそろだなと考えていた部分があって、穣さんもそれを感じていたのかもしれません。次の人材を育てなければ、という意識もありました。

 当時は穣さんがどん底のときで、何か希望がほしかった。Noismを続けるのもそうだし、みんなとの関わり方もです。穣さんは弟子がほしいとずっと言っていて、穣さんに向かってくる人を誰か欲していた時期でした。何人もの人たちが「穣さんについていきます!」と言ってはきたけれど、長続きしない。どうしても折れてしまう。穣さんについていくのが簡単でないことは、私が一番よく知っています。ただ私にはその先が必ずあると、舞踊家として確信を持てていた。とはいえそれを人生の伴侶だからという形で括られたくなかった。だから穣さんも私も、「誰か」を求めていたのだと思います。今となって思うのは、求めたところで結局は「運命」で、出会うときに出会うし、気づいたときにそういう存在になっている、ということ。いくら言葉や態度で表現しても、時間と共に人は変わっていく。その変化を一緒に体現し、育み、楽しんでいけるかどうかだと思うのです。

 そのときは、裕哉を私のパートナーに選んだ。彼を育てなければと、何度も家に呼び、一緒にご飯を食べ、時間を共に過ごしました。4時間もあるワーグナーのドキュメンタリーを一緒に観たり、いろいろなことを家で勉強し、私たちの持っているさまざまなものを与えました。他のみんなは違う作品に取り組んでいて、ひとり特別扱いです。裕哉自身それが重荷というより、よろこんでいたと思います。

 裕哉は身体が大きく、それも彼を選んだ理由としてあったと思います。作品的には、女性を包み込むような男性がよかった。ただ身体は大きくても彼はまだ若かったので、どうしても私の方が上の関係性になってしまう。私が完全に委ねられない。そういう難しさがありました。穣さんが手取り足取り、ひとつずつ丁寧に教えていきました。

 後半は私のソロ。穣さんから生まれる振りを見ながら、穣さんが今何を感じているのか、キャッチする。穣さんが踊っていると、思わず見入ってしまう。本来なら振りを覚えなければいけないのだけれど、穣さんが憑依して踊っている姿って、見ていてうつくしいんです。穣さんが振り返って「やってみて」という感じで私を見るのだけれど、私は「いいと思いますよ!」と拍手する。振りは全然覚えていません。クリエイションをしていてそういうことがたまにあって、それは自分の中で大切なモーメントでもある。まぁ、振りを覚えろよって話ですけど。

パートナーとしての吉崎さんはどんな方ですか?

 いつも笑っていて、本当のところがちょっとわかりにくいタイプ。弱さを見たのは一度だけ。リフトで女の子を落としてしまい、またその対処法が悪く、穣さんがブチ切れた。穣さんは日本男児なので、そういうことは絶対に許さない。そこで私が声をかけたら、すごい勢いで泣き出した。彼はまだ若く、私と向き合うのは難しかったと思う。だけどもう少し長い間一緒にいれば、彼の本質と向き合えたかもしれません。そういう意味では、残念でしたね。

『Liebestod―愛の死』Photo:Kishin Shinoyama

『Painted Desert』はもともと山田勇気さんが2014年にNoism2のために創作した作品で、このときNoism1で改訂再演しています。

 『Liebestod-愛の死』は20分ほどと短く、『Painted Desert(ver. Noism1)』と合わせて上演しようということになりました。初演からいい作品だと思っていました。私は出演せず、一歩引いてリハーサルを見ていました。作品も舞踊家も絶対的に外の目が必要です。自らの感触と客観的な目線を擦り合わせて、最終的に「自分のもの」にしていく作業があります。けれど、誰も本番前に「どうですか?」とは聞いてこなかった。「どうして聞いてこなかったの?」と聞いてみると、「聞くのが怖かった」という答えでした。こちらから与えにいくのではなく、彼ら自身がそういう欲を持ってやってほしい、という気持ちがあったのだけれど。どん欲になり切れない。同じ舞踊家として、もったいないなと感じてしまった。本当に自分を信じることができているのなら、恐れずに批判も受けにいけるはずです。その瞬間は胸が苦しいし、先が見えなくなることもある。けれどそんなことは、成長を考えるとただの通過点でしかないのだから。

『Painted Desert』Photo:Kishin Shinoyama

 

Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(16)につづく。

 

プロフィール

撮影:松崎典樹

井関 佐和子
 Sawako ISEKI


Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

 


Noism


りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/

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