【動画つき】新国立劇場バレエ団「マノン」小野絢子インタビュー〜生きていく。それが彼女の欲望なのだと思います

2026年3月19日(木)〜22日(日)、新国立劇場バレエ団が6年ぶりにケネス・マクミラン振付『マノン』を上演します。

原作は1731年に発行されたアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』。マクミランは18世紀フランスの格差社会を舞台にして、富と貧困、享楽と転落、それでも生きようとする人々の愛や欲望や絶望を、ドラマティックな振付で生々しく描き出しています。

今回は、本作のヒロインであるマノンを20代の頃から踊ってきた、プリンシパルの小野絢子さんにインタビューしました。新国立劇場バレエ団に入団してすぐに主役を任されるようになり、同団の“絶対プリマ”として舞台の真ん中に立ち続けてきた小野さん。『マノン』という作品や役のことや、ベテランプリンシパルと呼ばれる“いま”の率直な思いなどについて聞きました。

小野絢子 Ayako ONO
東京都出身。小林紀子、パトリック·アルモン、牧阿佐美に師事。小林紀子バレエアカデミー、新国立劇場バレエ研修所(第3期修了生)を経て、2007年新国立劇場バレエ団にソリストとして入団。入団直後に、ビントレー『アラジン』の主役に抜擢される。以降、『眠れる森の美女』『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『ラ・バヤデール』『ジゼル』、アシュトン『シンデレラ』、ビントレー『カルミナ・ブラーナ』『パゴダの王子』『シルヴィア』、プティ『こうもり』『コッペリア』、フォーキン『火の鳥』、ウィールドン『不思議の国のアリス』ほか数々の作品に主演。2011年プリンシパルに昇格。 ©Ballet Channel

こんなに「形」が記憶に残らないバレエがあるなんて

まずは小野絢子さんの“マクミラン体験”のお話を。初めてケネス・マクミランの作品に触れたのはいつですか?
小野 小学生の時です。VHSで、アレッサンドラ・フェリさんとウェイン・イーグリングさん主演の『ロメオとジュリエット』を観ました。
その時にどう感じたか、覚えていますか?
小野 「これはバレエなのか?!」と。『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』のように、アダージオがあって、ヴァリエーションがあって、コーダがあって、お客様の拍手に応えてレヴェランスをして……といったバレエとは圧倒的に何かが違う。「こんなに“形”が記憶に残らなくて、心がダイレクトに伝わってくる作品があるなんて……」と、すごく驚いたのを覚えています。
そしてプロのバレエダンサーになり、まずは恩師・小林紀子さんの主宰する小林紀子バレエ・シアターで、いくつかのマクミラン作品を踊っていますね。
小野 紀子先生はマクミラン作品を多く上演していらしたので、私も『エリート・シンコペーションズ』『コンチェルト』『ソワレ・ミュージカル』といった作品に出演させていただきましたし、『ロメオとジュリエット』もパ・ド・ドゥだけの抜粋を踊ったことがあります。それから『インヴィテーション』。これは性暴力を扱ったかなりショッキングな作品で、世界でもなかなか上演される機会が少ない演目なので、携わることができたのは貴重な経験でした。
小野さんは2007年に新国立劇場バレエ団に入団。その4年後、『ロメオとジュリエット』全幕でジュリエット役を初めて踊り、翌年には『マノン』全幕でマノン役デビューをしました。小学生の時に観て衝撃を受けた作品を、自分自身が実際に踊った時、どう感じましたか?
小野 はっきりとは覚えていないんです。私はつらい記憶は失ってしまうタイプですし(笑)、初めての時に戸惑うのはどの作品でも同じなので。ただ、動きの一つひとつにセリフがあったり、キャラクターの設定がとても細かかったりするのは、マクミランならではの大きな特徴だと感じました。それから、立っている時に「Bプラス(*)をしないで!」と言われることも。オーロラ姫なら、立つ時も必ず軸脚をアン・ドゥオールして、後ろに引いた脚もつま先をきちんと伸ばさないといけませんよね。ところが『ロメオとジュリエット』や『マノン』はその逆で、「そんなにきれいにつま先を伸ばさないで。普通に立って」みたいな注意が飛び交うんです。
*クロワゼで立って後ろの脚の膝を曲げ、つま先を伸ばして床につけるポーズ(アティテュード・ア・テール)

新国立劇場バレエ団「ロメオとジュリエット」小野絢子さんが初めて全幕でジュリエットを踊った2011年の公演より 撮影:鹿摩隆司

そんなジュリエットやマノンは、小野さんにとってしっくりくる役ですか? それとも、挑戦が必要な役ですか?
小野 しっくりくる役でもありますが、つねに挑戦が必要な役でもあります。マクミランの描いた人物たちを演じるには、人間の中にある暗い影の部分や、目を背けたくなるような部分とも向き合わなければいけないので。その意味で今回コーチとして来てくださっているロバート・テューズリーさんは、とても興味深い指導をしてくださっています。「この作品に鏡は要らない」とおっしゃって、リハーサル初日からスタジオ内のすべての鏡をカーテンで隠してしまったんです。いつも目の前の大きな鏡で自分の動きやラインをチェックして、人からどう見えるかをつねに気にしているのがバレエダンサーの性(さが)ですけれど、「そんなものは要らない。たとえ物凄く醜い格好をしていても、そういうシーンなのだからそれでいい」と。大切なのは、いかに美しく見せるかではなく、いかにリアルであるか。そこがマノンのような役のチャレンジングなところであり、演じていて楽しいところです。

「マノン」リハーサル中のひとコマ。デ・グリュー役は福岡雄大さん ©Ballet Channel

「死にゆく」のではなく、「生ききる」

しかし、同じマクミランのドラマティック・バレエでも、ジュリエットとマノンではヒロイン像がかなり違います。ジュリエットにはおそらく多くの人が共感できると思いますが、マノンはしばしば“ファム・ファタル(魔性の女)”と呼ばれるようにどこか捉えどころがなく、共感もしにくい女性だなと。小野さんは、マノンという女性をどのような人物像だと解釈していますか?
小野 まさにそのとおりで、マノンというのはきっと世界中のバレリーナやオペラ歌手が悩み、なかなか答えを出せない役のひとつだと思います。原作小説を読んでみても、彼女自身の視点から描かれていることは何もなくて、書かれているのは周りの人たちから見てマノンとはどういう女だったのか、ということばかり。もはや、マノンとは人々の幻想だったのではないか?という気すらしてきます。ただひとつ言えるのは、作品の舞台である18世紀フランスの社会的背景が、彼女の選択や行動に大きく作用しているのではないかということです。マクミラン自身が語っているように、当時の社会において「貧しいということは、ゆっくり死んでいくことと同じだった」。そんな時代の中で、マノンは「そうしなければ生きていけない」という選択を重ねていったのではないでしょうか。マノンの中にあるいちばんの欲望は、「生きていく」ということ。人間という生き物として最もシンプルな欲求が、彼女の根本だったのかもしれません。
マノンの行動の根底にあるものは、愛か、欲望か、衝動か、それとも……という質問をしたいと思っていたのですが、小野さんの答えは「生存本能」みたいなものだと。
小野 「生きていく」ということは、最期の瞬間まであると思います。全幕のラストシーンである沼地の場面でも、マノンはもう瀕死の状態なのに、力強くて生命力を感じさせるパ・ド・ドゥを踊りますよね。あそこで、彼女は最期にもう一度生きようとしている感じがするんです。まるで、残りの命を燃やし尽くすみたいに。
なるほど……振付的にも、マノンは最期まで生に向かって手を伸ばしているように見えますね。
小野 そうですね。個人的には、沼地のパ・ド・ドゥは「死にゆく」というより「生ききる」という感じがします。

新国立劇場バレエ団「マノン」(2020年)第3幕より沼地のパ・ド・ドゥ 小野絢子、福岡雄大 撮影:瀬戸秀美

素晴らしい言語化力……。しかし「生きていく」という欲求のために、マノンはすべて計算づくの選択をしているのでしょうか? そうは見えないところもあるから、彼女のことを「捉えどころがない」と感じてしまう気がします。
小野 そこは、ミックスではないでしょうか。貧しさが死に直結する世界で、お金に固執し、計算づくの選択をするのは自然なことだと思います。そのいっぽうで、デ・グリューと愛し合い幸せな気持ちで満たされたり、ムッシューG.M.から贈られた宝石にうっとりしたりするのは、きっと理屈抜きの感情ですよね。計算づくの行動と、計算なしの感情、そのどちらも嘘ではないから、マノンを演じるのはこんなにも難しいのだと思います。どちらかいっぽうだけで一貫していれば、人物像もすっきりして役作りしやすいのでしょうけれど。ですが、とてもリアルな“人間”を感じます。
おもしろいですね。
小野 そんなマノンの多面性が最もよく表れているのが第1幕だと思います。自分に夢中な老紳士にお金を貢がせたかと思えば、デ・グリューと愛に満ちたパ・ド・ドゥを踊り、かと思えばムッシューG.M.に艶かしく脚を見せて駆け引きを始める、というふうに。そしてムッシューG.M.を相手にしている時は、もうデ・グリューのことなんて頭にありません。計算と感情のバランスが瞬時に変わり、自分の得にならない人間にはどう思われようと痛くも痒くもない。そこがマノンという人間を演じる上で難しいところであり、おもしろいところでもあります。

新国立劇場バレエ団「マノン」(2020年)第1幕より寝室のパ・ド・ドゥ 小野絢子、福岡雄大 撮影:瀬戸秀美

マノンを巡る3人の男性、デ・グリュー、兄のレスコー、ムッシューG.M.についても聞かせてください。小野さんのマノンにとって、彼らはそれぞれどんな存在ですか?
小野 まずデ・グリューは……ちょっと宇宙人です。
宇宙人!
小野 最初から最後まで、マノンにとってデ・グリューは光であり、癒しであり、帰る場所だという感覚はあります。でもそれと同時に、彼は他の登場人物と比べて、圧倒的に変わっていると思うんです。計算ゼロで、感情のままに向かってくる。デ・グリューのようにただ純粋に彼女を好きになって、愛だけをぶつけてくるような人は、マノンの生きる世界には他に存在しません。彼女に近づいてくる人はみんな何かしらの計算や目的や欲望を持っていて、彼女のことをお金で買える「物」としか見ていない。そんな社会の中で、デ・グリューだけが浮世離れしているというか、まるで違う世界線で生きているみたいだなと感じます。
そんなデ・グリューのことを、マノンは本当に愛していたと思いますか?
小野 愛していたと、私は思っています。誰からも「物」としか扱われない人生の中で、ただひとり無償の愛をくれて、最後にはあれほど惨めな姿になってしまったのに、それでもそばに居続けてくれたのは彼だけなので。ただ、マノン自身がデ・グリューへの愛にいつ気がつくのかは、舞台をご覧になったお客様それぞれに感じていただけたら嬉しいです。
続いて、レスコーとムッシューG.M.はどんな存在だと言えますか?
小野 ムッシューG.M.は「最良の物件」みたいな感じでしょうか(笑)。G.M.は傲慢でプライドが高く、女性に対しても独特な嗜好を持っていて、普通なら「一緒に暮らしていくのはとても無理」と思いそうな男性です。それでもマノンが彼の愛人になることを選ぶのは、ひとえに「条件」が良かったから。G.M.がマノンを「物」として見ているように、マノンも彼を「物」として見ているのだと思います。
そしてレスコーは、貧しさの中で必死に力を合わせて生きてきた、ただひとりの家族です。妹を富豪に売るようなことをするのも、いちばん高く売れるものが彼女だったというだけ。マノンにとっては、やはり大切なお兄さんだったのではないでしょうか。
それから振付について。マノンとデ・グリューが踊るパ・ド・ドゥはどれも、わずかにタイミングがずれたら大怪我につながりそうなくらい、非常にスリリングに見えます。そのようなパ・ド・ドゥを踊るために、とくに大事にしていることはありますか?
小野 パートナーの男性とのコミュニケーションです。技術的な面でもそうですし、お互いの気持ちや役としての感情を持っていく方向性など、すべてを理解し合っておくことが大切だとつねづね思っています。
その意味では、長くパートナーを組んできて今回も一緒に踊る福岡雄大さんは、やはり安心感のある相手ですか?
小野 圧倒的に、信頼できるパートナーです。例えば寝室のパ・ド・ドゥや沼地のパ・ド・ドゥには、女性がダーッと走って、ギリギリのタイミングで男性に向かって飛び込む、みたいな動きが出てきます。男性がまだ後ろを向いているのに、「この人なら必ずキャッチしてくれる」と信じて、飛び込まなくてはいけない。そうした場面でも、雄大さんは必ず音に合わせて、確実に来てくれます。そこに絶対的な安心感があるので、私も守りに入ることなく、思いきって踊ることができるんです。

「マノン」リハーサルより 小野絢子、福岡雄大 ©Ballet Channel

小野さんと福岡さんのパ・ド・ドゥが、なぜあれほどドラマティックで、真に迫るものを感じさせてくれるのか。その理由が少しわかった気がします。
小野 そうだと嬉しいです。もちろん最低限の約束事は必要ですけれど、安全を狙いすぎてまとまってしまうと、マクミラン作品としては失敗になってしまいますから。
そんなマクミラン作品に取り組んでいる間は、日々のクラスレッスンでも意識することが変わりますか?
小野 意識したいのですが、そこまでの余裕がないというのが正直なところです。ただ、身体は自然と作品の仕様になってしまいますね。私の場合、『マノン』の期間はジャンプの調子が著しく悪くなります(笑)。なぜならマノンの踊りにはジャンプがとても少なくて、跳んでも男性にキャッチされたり、そのままリフトに入ったりすることがほとんどなので。作品によって身体に癖がついてしまうと怪我にもつながりますから、クラスレッスンで歪みを直して、自分の身体をニュートラルに戻すことは心がけています。

「その舞台が最後になっても、悔いが残らないように踊ってきた」

マクミラン作品、あるいはジュリエットやマノンという役は、小野さんのバレエ人生に何をもたらしてくれたと思いますか?
小野 私はバレエが大好きですけれど、グラン・バットマンをするのが楽しいとか、ピルエットを回るのが楽しいとか、そんなふうに思ったことはあまりないんです。でも、ジュリエットとして跳んだり、マノンとしてアラベスクをしたりすることは、すごく気持ちがいい。私は作品を踊ることや、作品の中で自分以外の誰かになることが楽しくて踊っています。自分がこれほど長くバレエを続けてこられたのは、マクミラン作品のようなバレエや、ジュリエットやマノンのような役と出会えたからだという気がします。
小野さんはいまや新国立劇場バレエ団で最もキャリアの長いプリンシパルですが、ベテランと呼ばれる立場であることについて、率直にどう感じていますか?
小野 気がついたら長い年月が経ってしまっていたという感覚で、不思議な気持ちです。団員のほとんどはもう私よりも若い後輩たちですけれど、自分がこれまで学んできたことを彼ら・彼女らに伝えたいというよりは、まだまだ自分が学びたいという気持ちのほうがずっと強くて。私にはまだ、知らないことやできないことがたくさんあります。バレエに対する探究心も、新人の頃から何も変わりません。もちろん、後輩たちに聞かれたら喜んでアドバイスしますけれど、むしろ私のほうが後輩たちを見て学ぶことも多いですし、まだまだ自分の中にいろんな栄養を取り入れたいという気持ちのほうが大きいです。

©Ballet Channel

小野さんは20代前半の若さで主役に抜擢されて以来、今日に至るまでずっと舞台の真ん中に立ち続けています。主役として舞台を引っ張り続けることや、“主役の踊り”を見せ続けなくてはならないことが、時に苦しくなったりつらくなったりしたことはありませんか?
小野 どの立場でも大変なのは同じです。ただ、プリンシパルとして主役を踊ることが定着してくると、周りからの評価は当然厳しくなりますし、それが気にならないかといったら嘘になります。「今日の踊りはお客様に伝わらなかったのかな……」と落ち込むこともあれば、自分が納得できない踊りを見せてしまい、どんなに褒められても悔しさしか残らないこともあります。でも、そこにずっと囚われていても、上手く踊れるようにはならないので。いまの自分にできることを毎日やりきろう、そして少しずつでも上を目指して挑戦し続けようと思っています。
われわれバレエファンは小野さんにできる限り長く踊り続けてほしいと願っていますが、小野さん自身はどのように考えていますか?
小野 私は20代からずっと、「この舞台が最後になっても悔いが残らないように」と思いながら、一つひとつの公演に臨んできました。そして毎回悔いを残さない覚悟で臨むのに、舞台が終わると必ず反省点が頭の中を駆け巡って、「次はこうしよう」と考えている自分がいます。いまの私は、とくに辞める時期というのを決めてはいませんし、「何歳まで踊り続けたい」といった気持ちもありません。ただ、もしかすると、ある日舞台が終わってふと「今日が辞める日だ」と思った時に、区切りをつけるのかもしれません。
最後に、今回の公演に向けてひと言メッセージを。
小野 私の目標は、お客様に「“マノン”を観た」と感じていただくことです。ケネス・マクミランが生み出したマノン、ロバート・テューズリーさんが指導してくださったマノンを、みなさまに楽しんでいただけますように。

新国立劇場バレエ団「マノン」(2020年)第2幕より 小野絢子 撮影:瀬戸秀美

公演情報

新国立劇場バレエ団『マノン』

日時

2026年

3月19日(木) 18:30

3月20日(金・祝) 13:00

3月20日(金・祝) 18:00

3月21日(土) 14:00

3月22日(日) 13:00

3月22日(日) 18:00

予定上演時間:2時間45分(休憩含む)

会場

新国立劇場 オペラパレス

詳細・問合 新国立劇場バレエ団WEBサイト

 

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