Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(7)

『Nameless Hands―人形の家』
演出振付:金森穣
振付:Noism08
出演:青木尚哉、井関佐和子、高原伸子、宮河愛一郎、山田勇気、原田みのる、藤井泉、中野綾子、青木枝美、櫛田祥光
初演:2008年6月2日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、静岡県舞台芸術公園 稽古場棟 BOX シアター(静岡)、シアタートラム(東京)、いわき芸術文化交流館アリオス(福島)、金沢 21 世紀美術館(石川)

見世物小屋シリーズ第1弾として発表。人形振りや黒衣など、後の作品に続く要素が登場しました。

 『PLAY 2 PLAY―干渉する次元』が空間的に広がりのある作品だったので、逆にすごく密な空間でつくりたかったのだと思います。次の新作はスタジオ公演にしよう、となりました。穣さんは日本に帰国して以来、60年代のアングラ演劇に惹かれていて、その影響もありました。

 創作はかなり時間がかかりました。このときはじめて台本がみんなに渡されています。ワークショップをしては、どうしたら人形のように見えるか探っていく。それは私たちにとって、すごく新鮮な時間でした。

『 Nameless Hands-人形の家』Photo:Kishin Shinoyama

 人形振りのやり方は人それぞれ違って、硬い人形だったり、柔らかい人形だったりする。私は人形振りに対して、最初から身体がすんなり馴染んでいく感じがありました。コツは身体を真空状態にすること。身体の外側しかない感覚にすると、いい具合に力が抜けてくれて、後ろから支えられても軽い感じです。かといってだらんとしているわけではありません。表情も研究しました。1点を見ず、抜け殻になっているかのようにする。人形なので瞬きをしてはダメ。訓練を重ね、10分くらいは瞬きをしなくても大丈夫になりました。人形役を動かす黒衣にもコツがいります。黒衣を実践したとき、才能を発揮したのが山田勇気。人形役の持ち方が絶妙で、もう職人のようです。

 人形役にとっては自分の力で踊っているのにそうは見せない人形としての表情と身体のあり方が、黒衣役には背後で主張しない黒衣としてのあり方が重要になる。その両方がハマると本当に浄瑠璃のように見えるんです。

 床は黒の絨毯を敷いているので、人形役が床に倒れても音もせず、あまり痛くもありません。ただ終盤に血のりが降るシーンがあり、絨毯に染みてしまいます。本番後に毎回雑巾で叩いたりと、地道な作業がありました。

 私と高原伸子の二人が中島みゆきさんの歌を口パクで歌うシーンがあって、あれもいっぱい練習しましたね。東京公演に中島みゆきさんが観に来てくれました。篠山紀信さんが連れてきてくださったのですが、すごく緊張したのを覚えています。カーテンコールでお辞儀をしたとき、中島さんがどこにいるかすぐにわかりました。

『 Nameless Hands-人形の家』Photo:Kishin Shinoyama

井関さんのソロも圧巻でした。

 当初は全く違うものになるはずでした。でも穣さんが気に入らず、結局最後に『春の祭典』の音楽で私が上裸で踊ることになりました。裸で踊ること自体に抵抗はありませんでした。血のりが降ってくる場面では、皮膚にまとわりつく血の感覚により恐怖と快感の両方を感じ、当時自分で超えられなかった一線を否が応でも超えることになりました。スタジオ公演ということで、新潟だけで13回くらい踊っていますが、毎回死を感じるほど出し切っていましたね。

 再演のときはまた変わり、『春の祭典』の冒頭で私はイヤフォンをつけて踊っています。お客さんには音楽は聴こえず、ドッドッドと心臓の音だけが鳴り響いている状態です。私が途中でイヤフォンを外すと、会場に『春の祭典』が流れ出す。イヤフォンを外すタイミングにしても、音がずれてしまわないよう、上手く合わせなければいけません。

『 Nameless Hands-人形の家』Photo:Kishin Shinoyama

『ZONE』work in progress
『ZONE』より
演出振付:金森穣
出演:宮河愛一郎、高原伸子、山田勇気、藤井泉、中野綾子、青木枝美、櫛田祥光、真下恵、藤澤拓也、永野亮彦(ゲストメンバー)
日程:2009年1月31日
会場:Centre Choreographique National de Nattes〈STUDIO JACQES GARNIER〉ナント国立舞踊センター

フランス・ナント市でのワークインプログレスでした。

 新潟市とナント市は姉妹都市になっていて、そこでワークショップと『ZONE』より「academic」の一部分を公開しています。

 私の中で、ナントは苦い記憶しかありません。ナントへ行く直前、パリでサンドイッチを食べて、何人かが気持ち悪い、お腹が痛いと言い出した。サンドイッチにマグロの刺身ようなのものが挟まっていて、どうやらそれが悪かったようです。結局みんなは軽かったけれど、私は最悪な状態で、ホテルのトイレに一日中こもりっぱなしです。

 海外に限らず、ツアーのときは、普段飲んでいるサプリ類や薬を一式持って行くようにしています。あと大切なのは電気治療機など身体をケアするグッズ。私としては、病気になるより、身体が壊れる方が怖い。舞台に出ることができない方が辛いので、なんとかして出る。ギックリ腰になったときも出ていました。ただの負けず嫌いです。リハーサルに出られないのも大っ嫌い。どんなに疲れていても、どんなに体調が優れなくても、「大丈夫!」って言っていました。さすがにこの歳になると、本番への影響を考えて、調整をするようにはなりましたけど。

 このときばかりはもうどうにもならない状態でした。救急病院に駆け込み、胃腸炎と診断されています。とはいえ私の出番はワークショップだけだったので、踊らずにすんだのは幸いでした。トイレのタイルの柄が今も鮮明に記憶に残っています。

「ZONE―陽炎 稲妻 水の月」
『academic』
演出振付:金森穣
出演:金森穣、井関佐和子、宮河愛一郎、高原伸子、山田勇気、藤井泉、中野綾子、青木枝美、櫛田祥光、真下恵、藤澤拓也、永野亮彦(ゲストメンバー)
『nomadic』
演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、高原伸子、山田勇気、藤井泉、中野綾子、青木枝美、櫛田祥光、真下恵、藤澤拓也、永野亮彦(ゲストメンバー)
『psychic』

演出振付:金森穣
出演:井関佐和子、宮河愛一郎、山田勇気、中野綾子
初演:2009年6月5日
会場:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館(新潟)、新国立劇場(東京)、The John F. Kennedy Center for the Performing Arts(ワシントンD.C.・アメリカ)

「ZONE―陽炎 稲妻 水の月」は3部作。『academic』は身体性を提示した作品でした。

 『academic』は基礎トレーニングを怠る舞踊家たちへのある種のみせしめ。ベジャールやキリアンのカンパニーにしても、どこもクラシック・バレエの要素がありました。だから私と穣さんはバレエの重要性を知っていた。でも当時のNoismのメンバーは、バレエの基礎に対する意識が低かった。その重要性を示そうと、穣さんと私も出て、みんなと一緒に踊りました。穣さんがタイツを履くなんて、たぶん最初で最後でしょう。

 朝のクラスでは私と穣さんが率先して全身タイツで練習をしています。でもやっぱりみんなはそうはしないんです。自分の欠点やコンプレックスを隠したい。結局舞台で全てをさらけ出すのに、スタジオだとそれができないんです。本末転倒ですよね。スタジオでどれだけ惨めでも、情けない姿でも、それと向き合い続けることで、舞台で今ある最高の自分をみせられるわけですから。

『ZONE /academic』Photo:Takashi Shikama

 『academic』は男性のシーン、女性のシーン、私と穣さんのシーンで構成されています。私と穣さんは3回一緒に踊るのですが、それぞれのパ・ド・ドゥは短いながらもものすごくしんどい。中腰をしながら、ジャンプもして、ゆっくり踊るので足がつってしまいます。リハーサルの映像が残っています。私と穣さんが踊り、終わって二人が両側にハケていく。スタジオの両側で、二人が壁をどんどんどんっと殴っている。足が痛すぎて、同じ行動をしているんです。

 しんどいだけなら乗り越えられた部分もあるけれど、メンバーの目もあるから生半可な気持ちではできません。爪先ひとつにしてもそうで、「伸ばせ」と言っている人間が伸びていないのはありえない。そういう意味でのプレッシャーを穣さんも私も抱えていたから、『academic』は二人で乗り越えた感覚がすごくありました。

『ZONE /academic』Photo:Takashi Shikama

『academic』と対照的だったのが『nomadic』です。

 『academic』でクラシックな技法を使って形というものを出した。『nomadic』はそのギャップとしてできた作品でした。身体的な形をはっきり見せず、いかに力を抜けるかを練習していきました。

 『academic』でキツイ思いをさせられたこともあって、みんな楽しんでいましたね。当時は真剣に捉えるのをある種かっこ悪いと考えたり、楽しければいいじゃん、という方向に物事を割り切って捉える風潮がありました。そこがやっぱりまだまだだと思ったところでもありました。

『ZONE /nomadic』Photo:Takashi Shikama

『psychic』は、井関さん、宮河愛一郎さん、山田勇気さん、中野綾子さんのキャスト4人のみの作品でした。

 『academic』はメンバー12人が総出演していて、彼らに基礎を教えなければいけない。穣さんの中で鬱憤が溜まっていたのでしょう。穣さんが感覚のみで動き、それを身体と感覚でキャッチできた人たちがキャストに選ばれました。

 『academic』のように形を持ちすぎなければ、『nomadic』ほど抜けてもいない。金森穣が動いたものをどう受け止めるか、それだけです。結果ああいう作品になった。穣さんがぐわっと動いた振りを理屈なしで自分たちでキャッチして、1回しか見ていない穣さんの動きを一瞬で覚えて、それをつなげたので、数日でできました。意図的につくり上げられた作品というより、衝動的な作品でした。私はこの作品が好きですね。

 私たちはイヤフォンをしていて、ヒッチコックの『サイコ』の楽曲を大音量で聴いています。でも会場にはバッハのフーガが流れていて、それは私たちには聴こえていない。

 まだ無線がそこまで普及していなかったころで、当時としては最先端だったiPod miniを使っています。それぞれテープで耳に外れないようにセットして、みんなで「せーの」でボタンを押してスタートします。全員のタイミングが合わないと幕は開きません。完全に感覚を研ぎ澄ませておかないと出遅れてしまう。その後の『Nameless Poison―黒衣の僧』にこの案は繋がっています。

 舞台には人形が背を向けて座っています。穣さんを型取りしてつくった人形で、だからすごく似ていますね。3D造形作家の方が手がけた人形で、東京の小さいホテルの一室を借り、部屋の全面にビニールを貼って、穣さんの全身を石膏で型取りしていきました。もちろん顔も全てです。石膏で顔を覆われ、鼻にストローを刺している穣さんは本当に苦しそうだったし、大変そうでした。ちょっと外人っぽいから、名前は穣をもじってジェームズになりました。ジェームズくんは今ごろたぶん倉庫でバラバラになって眠っていると思います。

『ZONE /psychic』Photo:Takashi Shikama

 

Noism20年 井関佐和子、全作品を語る(8)につづく。

 

プロフィール

撮影:松崎典樹

井関 佐和子
Sawako ISEKI

Noism Company Niigata国際活動部門芸術監督 / Noism0
舞踊家。1978年高知県生まれ。3歳よりクラシックバレエを一の宮咲子に師事。16歳で渡欧。スイス・チューリッヒ国立バレエ学校を経て、ルードラ・ベジャール・ローザンヌにてモーリス・ベジャールらに師事。’98年ネザーランド・ダンス・シアターⅡ(オランダ)に入団、イリ・キリアン、オハッド・ナハリン、ポール・ライトフット等の作品を踊る。’01年クルベルグ・バレエ(スウェーデン)に移籍、マッツ・エック、ヨハン・インガー等の作品を踊る。’04年4月Noism結成メンバーとなり、金森穣作品においては常に主要なパートを務め、日本を代表する舞踊家のひとりとして、各方面から高い評価と注目を集めている。’08年よりバレエミストレス、’10年よりNoism副芸術監督を務める。22年9月よりNoism Company Niigata国際活動部門芸術監督。第38回ニムラ舞踊賞、令和2年度(第71回)芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

 

Noism

りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団。プロフェッショナル選抜メンバーによるNoism0(ノイズムゼロ)、プロフェッショナルカンパニーNoism1(ノイズムワン)、研修生カンパニーNoism2(ノイズムツー)の3つの集団があり、国内・世界各地からオーディションで選ばれた舞踊家が新潟に移住し、年間を通して活動。2004年の設立以来、りゅーとぴあで創った作品を国内外で上演し、新潟から世界に向けてグローバルに展開する活動(国際活動部門)とともに、市民のためのオープンクラス、学校へのアウトリーチをはじめとした地域に根差した活動(地域活動部門)を行っている。Noismの由来は「No-ism=無主義」。特定の主義を持たず、今この時代に新たな舞踊芸術を創造することを志している。https://noism.jp/

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