1/28.29 東京小牧バレエ団「白鳥の湖」倉永美沙、奥村康祐

東京小牧バレエ団の「白鳥の湖」は、バレエ団創立70周年記念公演。ボストン・バレエから倉永美沙さん、新国立劇場バレエ団から奥村康祐さんを迎えての上演。

オデット/オディール:倉永美沙(ボストン・バレエ プリンシパル)
王子:奥村康祐(新国立劇場バレエ団プリンシパル)
ロットバルト:アルタンフヤグ・ドゥガラー
家庭教師ヴォルフガング:夏山周久
皇后:森理世(ミス・ユニバース2007世界一)
ベンノ:梅澤紘貴
王子の友人:平野玲、今勇也、宮本祐宜、五十嵐耕司、周藤壱、香野竜寛
パ・ド・トロワ:金子綾、山口麗子、梅澤紘貴
二羽の白鳥:佐藤侑里、水谷彩乃
四羽の白鳥:西村美紀、矢部李沙、西村仁美、真嶋菫(28日)、中村絢名(29日)
スペイン:周東早苗、五十嵐耕司、香野竜寛
ルスカヤ:金子綾(ソリスト)、西村美紀、矢部李沙、西村仁美、中村絢名(28日)、眞嶋菫(29日)
ナポリ:藤瀬梨菜、宮本祐宜
マズルカ:嶺岸葵、ビャンバ・バットボルド、髙浦美和子、平野玲、中尾優妙、今勇也
チャルダッシュ(ソリスト):深山美香、梅澤紘貴

演出・振付 佐々保樹
指揮 マーク・チャーチル(ボストン交響楽団)
演奏 東京オーケストラMIRAI

1946年8月9日~30日に帝劇において、「白鳥の湖」日本初演の演出・振付を小牧正英さんが行いロットバルト役を演じており、それ以来このバレエ団のレパートリーとして上演されてきた。

基本的にはオーソドックスな演出だが、1幕のワルツのコール・ド・バレエのフォーメーションはなかなかユニークで見ごたえがある。道化はいなくて、道化が踊る音楽のところで女性ダンサーたちの真ん中で踊るのは家庭教師。東京バレエ団で活躍した夏山周久さんが華麗なステップを見せてくれた。元東京バレエ団のダンサーも数人入る王子の友人たちは1幕と、2幕最初の湖畔のシーンで活躍する。
2、3幕もベーシックな振付で、3幕は王子とロットバルトは戦うものの、オデット、そして王子は身を投げて死を選ぶ悲劇版。新国立劇場やマリインスキーなど、最近観ている「白鳥の湖」はハッピーエンドが多かったので、久しぶりに悲劇版を観るのも良かった。

オデット/オディールの倉永美沙さんは、これぞワールド・レベルの白鳥。身長156cmとコール・ド・バレエに交じっても小柄なのに、その小ささを感じさせない。腕や脚を長く見せる術に長けているし、首や背中、胸の使い方をとても工夫していて、非常に踊りの表情が豊かでドラマティックなオデットを見せてくれた。冒頭のマイムはないのに、まるで台詞が聞こえてくるかのようにオデットの心情が伝わってくる。生き生きとしていて雄弁で、鳥というか動物なのだけど同時に女性として部分もある。これだけきっちりと作りこんで、強い存在感とドラマ性のある白鳥もいないのではと思うほど。悲劇的なのだけど、儚い存在ではなくて、逆境の中でも自分の運命を切り開こうとする意志を感じさせ、それは特にコーダの連続パッセに感じられた。

倉永さんのオディールは艶やかで魅惑的。緩急の付け方がくっきりとしているので一つ一つのポーズが映えるし、アンドゥオールも完璧でアラベスクなどのラインが美しい。鉄壁の技術は言うまでもなく、ヴァリエーションではピルエット2回回った後でそのまま3回目はアティチュードに脚を持って行って回るのを2セット。グランフェッテは、前半は全部ダブル、後半はシングル、ダブルの繰り返しで1日目はダブルの時に片手アンオ―で安定感抜群、パーフェクトだった。オデットの振りをするところで一瞬にして白鳥に変身するところはぞくぞくするほどの変貌ぶりだった。しっかりとこの役を自分のものにしており、これから先、どんなふうにさらに進化させられるのかが楽しみだ。

奥村さんの王子は、とてもイノセントでまっすぐなのだが、ほんの少し孤独の影が漂い、1幕や湖畔の最初で友人数人といるところでも少し断絶を感じさせている。そんな彼の前に現れたオデットこそがその孤独を癒してくれる存在なのであっという間に恋に落ちる。子供の時から地主薫バレエ団で倉永さんと学んできた奥村さんなので、二人のパートナーシップはとても自然で息もよく合っているしサポートも万全。3幕でオデットそっくりのオディールが現れたときの嬉しそうな様子と言ったら。

奥村さんは踊りの方も絶好調で、特に3幕のヴァリエーションは見事だった。軽やかで美しい跳躍、トゥールザンレールではしっかりとプリエを効かせて完璧な5番に着地。ラインもエレガントで、これぞダンスールノーブルというパフォーマンスで、世界中どこに出しても恥ずかしくないレベル。オディールの正体を知った時の悔やみ悲しむ様子、ロットバルトに戦いを挑む4幕での情熱、貴公子らしさの中でも情熱を感じさせて、たとえ悲劇に終わったとしても、このような熱い想いで愛を貫くことができて彼は幸せだったのだろうと思わせてくれた。新国立劇場バレエ団では、プリンシパルであるにもかかわらずなかなかパートナーに恵まれていない彼だが、倉永さんという互角のパートナーだとここまで輝くのだと実感。

モンゴルからのゲスト、アルタンフヤグ・ドゥガラーのロットバルトは、踊る場面はそれほどないのだが、美しい身体のライン、妖しさを感じさせる存在感はさすがだった。ベンノ役に元東京バレエ団の梅澤紘貴さん、彼も貴公子らしいダンサーで、この版はベンノもかなり活躍するので一瞬彼が王子だったっけ?と思うほど。友人たちにも、平野玲さん、宮本祐宜さん、周藤壱さんと東京バレエ団OB組がいて充実したメンバーだった。王妃役には、元ミスユニバースの森理世さん。さすがに美貌で長身の立ち姿に威厳があり、ダンススクールで教えているだけあってマイムも美しかった。王子の実母には若いので、王の後妻なのかな、と思わせるところも面白い。パ・ド・トロワの金子綾さん、山口麗子さんも足先などのパがクリアで良かった。

特筆すべきはコール・ド・バレエのクオリティ。非常に良く鍛えられていて綺麗に揃っていた。4羽の小さな白鳥は特に一つ一つの動きが見事にシンクロしていたし、大きな白鳥の二人も伸びやかで美しい。4幕で幕が開き、アシメントリーに配置された白鳥たちがポーズしている姿がうっとりするほどの美しさで、思わず大きな拍手が出たほど。オデットと王子が身を投げた後、白鳥たちがロットバルトも死に追いやるのだが、それだけの一丸となった力を感じることができた。年に1、2回しか公演を行わない団体でも、これだけのクオリティのコール・ド・バレエをつくりあげることができるのだと感銘を受けた。

ボストン・バレエでも指揮をしていたマーク・チャーチルを指揮者として招聘していたので、音楽のクオリティも高かった。ダンサーをよく見て指揮をしているし、2幕コーダのオデットのソロでは途中まで音の速度を極限まで落として、最後にスピードを上げることでとても効果的で、倉永さんの踊りの持ち味を存分に見せることができていた。

コール・ド・バレエの美しさ、そして世界トップレベルの主演による見事な公演で、「白鳥の湖」という作品の魅力を存分に味わえて、心を動かされたパフォーマンスだった。奇をてらった演出をしなくても、きっちりとつくりあげて、息の合った主演ペアがいて演奏が良ければ、バレエで感動を味わえるという見本のような舞台。



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