1/22夜 日本バレエ協会「ラ・バヤデール」長田佳世さんのさよなら公演

1/21と22日の昼・夜は、日本バレエ協会の「ラ・バヤデール」公演。初日の酒井はなさんも観たかったけど、22日昼公演は私の先生がソリストで出演しているし、夜公演は長田佳世さんの引退公演なので、決して見逃してはいけなかった。

昼公演の瀬島五月さん、法村珠里さんの関西2大プリマ・バレリーナが火花を散らした昼公演も、とても素晴らしかったけど、夜の長田さんの公演は、これほど心に残るパフォーマンスはなかったと言えるほどの公演だった。バレエの神が下りて来たと思うほど見事だった。


ニキヤ:長田佳世
ソロル:橋本直樹
ガムザッティ:馬場彩
バラモンの高僧(大僧正):マイレン・トレウバエフ
ドゥグマンタ(ラジャ):桝竹眞也
黄金の神像:高橋真之
苦行僧マグダヴェヤ:土方一生
アイヤ:鈴木裕子
神に捧げる踊り:輪島拓也
壺の踊り:桝谷まい子
太鼓の踊り:楠元結花,佐藤祐基,下島功佐
影のソリスト:増原聖、阿部碧、平尾麻美

音楽:レオン・ミンクス
原振付:マリウス・プティパ
改定振付・演出:法村牧緒

指揮:アレクセイ・バクラン
管弦楽:ジャパン・バレエ・オーケストラ


改訂振付の法村牧緒さんは、1966年に「ラ・バヤデール」が日本初演された時のソロル役。今回の上演は、マリインスキー劇場版をベースに、元ミハイロフスキー劇場バレエマスターのユーリ・ペトゥホフによる結婚式での神殿の崩壊の場面が加わっている。オーソドックスではあるが、最終幕ではニキヤの怨霊が出てくるなどドラマティックさもあった。

ニキヤ役の長田さんは、どんな瞬間を切り取っても精確で美しく、技術的に完璧なのは言うまでもないのだが、精神性がものすごく高く、一つ一つの動きに魂がこもっていて語りかけてくれるのが素晴らしい。1幕では本当に神に身を捧げた聖なる巫女でありながら恋する女でもあった。ニキヤってものすごく生身の女というキャラクターなのだけど、長田さんの解釈ではニキヤも聖性を強く感じさせている。控えめで奥ゆかしいのに、強い想いは伝わってくる。2幕の花籠の踊りは、全身から涙を流しているような悲痛な心情を歌いあげていたけど、ソロルからという花籠を手渡されて、花開いたように表情が明るくなる。ハイテンポの踊りで高揚したのちに仕込まれた蛇に噛まれ、歓び転じての絶望と死。歓びが大きかっただけに、ソロルに裏切られた悲しみが深かったことを感じさせた。

長田さんの影の王国でのこの世のものならざる存在感も見事だった。阿片に酩酊したソロルが最初に見るニキヤの幻と、実際に降りて来たニキヤの幻影ですら、別の存在として舞台の上に立っている。魂だけの存在になっていて、足音も全くさせていなくて浮遊感があり、幻だと感じさせるのだが、一方で死をも超えた強い想いは伝わってきた。技術的に難しい、ヴェールを持った回転のパ・ド・ドゥも完璧に仕上げていた。ほっそりとした肢体で、アラベスクのラインもアカデミックで美しく、見事なアンドゥオールで、音楽性も豊か。影の王国のコーダでは、ニキヤは柔らかい微笑みを浮かべていた。この場面で微笑みながら踊る人というのを見たのは初めてだが、最後に会心の踊りを行うことができた満足感もあったのかもしれない。

この日の長田さん、素晴らしいパフォーマンスで終えることができた幸せが舞台からにじみ出ていた。だからカーテンコールでも、新国立劇場のさよなら公演「シンデレラ」の時のような涙よりも、涙の中でも笑顔が輝いてた。ソロル役には、K-Ballet時代の同僚橋本直樹さん、大僧正には新国立劇場のマイレン・トレウバエフ、神に捧げる踊りのパートナーは、K-Balletと新国立劇場で同僚だった輪島拓也さん。気心の知れたパートナーたちと踊ることができたのも功を奏したのだろう。ボリショイ・アカデミーで学び、ロシアバレエの神髄を知る長田さんにとって、「ラ・バヤデール」が最後の舞台となった意味もよく分かった。

心技体と最も充実していて、ダンサーとしてのピークのところで引退されてしまうのは実にもったいないし、彼女は若いダンサーにとっては素晴らしいお手本となることだっただろう。フェリやイザベル・ゲランのようにいつか戻ってきてくれたらいいのに、と思った。日本には、大人のバレリーナが活躍できる場が少ないのが惜しい。その数少ない場に、この日本バレエ協会の公演があった。(観ることができなかったけど、前日の酒井はなさんのニキヤも素晴らしかったとのこと)

ガムザッティ役は、馬場彩さん。米国アーツバレエシアターオブフロリダ所属で、昨年のヴァルナ国際コンクールでは2回戦まで進出した若手ダンサー。色白で美しいけど世間知らずのわがままなお嬢様という雰囲気がぴったり。ヴァルナだけでなく、ローザンヌやYAGPでもスカラシップを受賞しているだけあって、技術に優れており、特に2幕の婚約式でのイタリアンフェッテからグランフェッテへの流れは見事だった。綺麗にピタッと止まるイタリアンフェッテは特に素晴らしかった。個人的には、ニキヤとガムザッティが同レベルだった昼公演の方がバランスが取れていたとは思うものの、馬場さんという魅力的な若手ダンサーを見ることができたのは良かった。

ソロルは橋下直樹さん。K-Ballet時代の同僚であるだけでなく、彼もボリショイ・アカデミーでバレエを学んでいただけあって、長田さんとの相性もよくパートナーリングがとても良かった。ソロル役は似合っており、途中まではとても良かったのだけど、影の王国のコーダ、ドゥーブルアッサンブレは難所だったようで、ダブルになっていなかったのが惜しい。ソロル役というのがいかにハードな役柄かというのがよくわかった。とはいえ、物語性はしっかりと感じさせてくれたし、長田さんへの敬意が伝わってきたもの良かった。

バラモンの高僧(大僧正)には、マイレン・トレウバエフ。実に濃厚な演技でドラマを盛り上げてくれた。最初から、ニキヤに対する燃え滾る熱い想いを隠せない様子。ラジャとの密談の中でも、ラジャが彼女を亡き者にしようという意図を読み取って慌てるし、婚約式の花籠の踊りの時の落ち着かない様子や、ニキヤの死で見せた深い嘆きと後悔。本当にニキヤを愛していたのはソロルより大僧正ではなかったのか?と思ってしまうほどだった。この版では、最後のシーン、寺院の崩壊で全員死んだ後で、一人大僧正が生き残り、寺院のがれきの上で祈りを捧げる。長田さんの同僚だったマイレンが最後に舞台を締めくくってくれたのも、感動的だった。

ブロンズアイドルには、NBAバレエ団の高橋真之さん。少し故障していたようで前半着地がずれるところはあったものの、後半の伸びやかで軽やかな踊りは流石。太鼓の踊りも大迫力だった。

影の王国は、オーディションで集めたダンサーたちだったけど、とても良く揃っていた。バレエミストレスの杉山聡美さんを始め、新国立劇場の楠元郁子さんと千歳美香子さん、そして佐藤真左美さんによる指導が行き届いていた模様。スロープは2段だがかなり傾斜があった。スロープを降りた後のエカルテではどうしてもぐらつく人が出てきたものの、全体的にはとても美しかった。第一ヴァリエーションの増原聖さんが、とてもやわらかくて強靭で、足音をさせない踊りで素晴らしかった。

すっかりおなじみとなったアレクセイ・バクランの指揮ぶりは熱く、国内メジャーオケの精鋭から構成されたジャパン・バレエ・オーケストラの演奏もとても良かった。長田さんの引退公演にふさわしい、感動的で美しい舞台に仕上がったと思う。カーテンコールは鳴りやまず、最後は会場内は総立ちになり涙が止まらなくなった。本当に数々の素晴らしい舞台を、長田さん、ありがとうございました。特に去年の「子どものための白鳥の湖」「シンデレラ」そして「ラ・バヤデール」は、心の中の宝物となるような美しく忘れがたい舞台だった。いつでも戻って来られるのを待っています。

Dance Squareで「ラ・バヤデール」3公演の舞台写真を見ることができる。
http://dance-square.jp/tbb1.html



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