ニコライ・ファジェーチェフ逝去

ボリショイ・バレエで1950年代に活躍し、ガリーナ・ウラノワやマイヤ・プリセツカヤなどの伝説的なバレリーナのパートナーを務めたニコライ・ファジェーチェフが6月23日に87歳で亡くなりました。ファジェーチェフは1956年の歴史的なボリショイ・バレエのロンドン公演でウラーノワと「ジゼル」を踊り、一躍注目されました。

https://www.bolshoi.ru/about/press/articles/memory/nikolai-fadeyechev-has-passed/

1977年に引退後はボリショイ・バレエで教師を務め、アレクサンドル・ヴェトロフ、アンドレイ・ウヴァーロフ、セルゲイ・フィーリン、ニコライ・ツィスカリーゼ、ルスラン・スグヴォルツォフ、アルチョム・オフチャレンコなどの名ダンサーを育てました。息子のアレクセイ・ファジェーチェフもボリショイ・バレエのプリンシパルとなりニーナ・アナニアシヴィリと頻繁に踊ったことでよく知られています。90年代にはアレクセイはボリショイの芸術監督にもなっています。

https://www.nytimes.com/2020/07/04/arts/dance/nikolai-fadeyechev-dead.html

1933年に生まれたファジェーチェフは、52年にボリショイ・バレエにソリストとして入団し、2年後には「白鳥の湖」の王子役を踊りました。とてもノーブルなダンサーとして知られ、ロンドン公演でも当初は「白鳥の湖」の王子役だけを踊る予定が、リハーサルの様子を観た首脳陣が急きょ彼をウラノワのジゼルの相手役に抜擢したのでした。

ロンドン公演で絶賛されたファジェーチェフは、BBCで撮影された「ジゼル」でナディア・ネリーナの相手役を務め、この役のタイミングやマイムシーンについて多くのことを教示してくれたと、2016年にピーター・ライトは述懐しています。61年にはネリーナはボリショイに招かれて、ファジェーチェフと「白鳥の湖」を踊りました。

1958年のボリショイ・バレエのパリ・ツアーの後、パリ・ダンス・アカデミーよりニジンスキー賞を受賞しました。「1958年5月31日にボリショイ・バレエの公演「白鳥の湖」でパリ・オペラ座の舞台に立った、最も輝かしくアカデミックなダンサーで重力の法則を超越した、ニコライ・ファジェーチェフに贈る」とこの名誉ある賞には添えられました。

また、マリヤ・プリセツカヤのために創作されたアロンソ版「カルメン」では、彼はドン・ホセ役で素晴らしい演技を見せました。

マイヤ・プリセツカヤとニコライ・ファジェーチェフ「レダと白鳥」より「プレリュード」

マイヤ・プリセツカヤ「なぜプリセツカヤはファジェーチェフをこんなにも褒めたたえているのだろう、とこの文章を読んだ後で思う人がいるかどうかはわかりません。しかし、彼と一緒に仕事をした同志たちに、どんなに称賛されてもおごることがない芸術家であり、皆のお手本となるような素晴らしい人であるということを伝えるために、私はこの文章を書いています」

リュドミラ・セメニャカ「ニコライ・ファジェーチェフは、バレエのオリンポスの中の神の一人だと、私は尊敬しています。彼は偉大なる教師であり、素晴らしい人間です。彼と踊ることは大きな幸せでした。彼はたぐいまれなパートナーで、バレリーナをサポートするだめでなく、彼女が自由に舞台の上で飛翔する機会を与えてくれる人です。ニコライ・ボリソヴィッチは芸術における私のゴッドファーザーです」

心よりお悔やみ申し上げます。



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