作曲家ハチャトゥリアンの実話を描いた映画「剣の舞 我が心の旋律」7月31日公開

第二次世界大戦下のソ連を舞台に、ロシアの音楽界を代表する巨匠、作曲家アラム・ハチャトゥリアンの若き日を描いた感動の実話「剣の舞 我が心の旋律」が7/31より公開されます。

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ハチャトゥリアンといえば、現在もコンサートでの演奏回数は屈指の名曲『剣の舞』を始め、浅田真央さんのバンクーバーオリンピックでメダルをもたらしたスケートプログラムでも有名な『仮面舞踏会』そしてボリショイ・バレエが今年予定されている来日公演で上演する『スパルタクス』など、数々の名曲を生み出した巨匠。実はこの『剣の舞』はわずか一晩で書き上げられたということで、その作曲にいたるまでのエピソードがこの映画です。

<ストーリー>

 第二次世界大戦下のソ連。疎開中のキーロフ記念レニングラード国立オペラ・バレエ劇場は、10日後にお披露目するバレエ『ガイーヌ』のリハーサルに集中していた。しかし、アラムは振り付け家のニーナから修正を求められ、その上、文化省の役人プシュコフから曲を追加せよと難題を命じられる。過去にアラムとトラブルを起こしたプシュコフは、周囲を巻き込み復讐のチャンスを虎視眈々と狙っていたのだ。作曲家としての意地とアルメニア人としての誇りを胸にアラムはピアノに向かう。様々な感情が渦巻く中、鍵盤の上でひとつのリズムが踊り始めた。

第二次世界大戦中のソビエトで、粛清が吹き荒れるなど政治的な抑圧の中。当時はまだ新進作曲家だったハチャトゥリアンが、きわめて短い期日までに、新作バレエに、政治家の意図に沿う音楽を追加せよという理不尽な命令を受け、さらに監視までつけられながら自身のルーツであるアルメニアへの想いをこめて音楽を創造します。政治的な抑圧と自身の芸術家としての矜持の葛藤がテーマとなっています。隙あらば彼を失脚させようとする役人とスパイとして送り込まれたサキソフォン奏者もおり、追加振付を命じられた振付家とも衝突。この時代なので失敗すれば粛清か戦争の最前線に送られてしまうという絶対絶命のピンチで、ハチャトゥリアンは病気にもなってしまいます。

緊張感あふれる描写の中、ひと時心を和ませてくれるのは、盟友である作曲家ショスタコーヴィチオイストラフが、陣中見舞いに来てくれたこと。3人の音楽家が楽団の演奏に飛び入りし、音楽談義をして楽しい時を過ごすシーンは非常に印象的です。

バレエ作品の初演について描かれている作品なので、バレエシーンもところどころ挿入されています。これから最前線に送り込まれてしまう兵士たちのために、ダンサーたちが踊るシーンは切ない。そしてクライマックスの『剣の舞』は勇壮で大迫力の情熱の踊りが展開します。ハチャトゥリアンに想いを寄せるバレリーナ、サーシャも主要な登場人物として登場。もう一つのハチャトゥリアンの代表曲である「仮面舞踏会」が流れる中の二人の会話は、純粋な愛情と音楽の美しさが融合して何も起こらないのにとてもドラマティック。バレエファンにとっても当時の雰囲気が伝わってきて大変興味深いと思います。実際の撮影はハチャトゥリアンゆかりのアルメニア、エレバンの劇場で行われたとのこと。

結果的にバレエ『ガイーヌ(ガヤネー)』の初演は大成功をおさめ、ハチャトゥリアンは巨匠への階段を昇って行くものの、その陰で涙を流し、押し潰されて散っていった人々の姿も描かれて苦さも残ります。また、映画『アララトの聖母』でも描かれた、トルコ軍による大虐殺という悲劇に見舞われたアルメニアに寄せるハチャトゥリアンの想いは胸を打ちます。

バレエ『ガイーヌ(ガヤネー)』は現在では上演回数は少なくなってしまっていますが、作品が作られた経緯については、赤尾雄人さんの著書「これがロシア・バレエだ!」に詳しく書かれています。『剣の舞』パートはボリショイ・バレエ学校の来日公演やモスクワ音楽劇場バレエの来日公演で上演されたこともあるとのこと。振付は、ワイノーネン振付『パリの炎』の初演でテレーズ役を踊ったニーナ・アシ―ニモワ(キーロフ劇場の元キャラクターダンサーで、『ガイーヌ』の台本を書いた演劇学者コンスタンチン・ジェルジャーヴィィンの妻)。

初演は1942年12月9日、キーロフ劇場の疎開先であるモロトフ(現ペルミ)の劇場です。主役ガヤネー役はナタリア・ドゥジンスカヤ、アルメン役はコンスタンチン・セルゲーエフでアシーニモワも出演しました。初演は素晴らしい主演陣によって踊られ大成功を収めましたが、戦意高揚的な内容はやがて時代遅れとなり、1953年にボリショイ劇場で上演されるにあたってワイノーネンが振付けて大幅に改定され、音楽も全曲の3分の1をハチャトゥリアンが新しく作曲したとのことです。その後も新しい演出による上演がモスクワ音楽劇場、レニングラード・マールイ劇場、モスクワ国立クラシック・バレエなどで行われ、そのたびにハチャトゥリアンは手を入れたとのことです。

(これはボリショイ劇場、1964年の上演のワイノーネン版の映像で、ハチャトゥリアン自身が指揮しています)

(こちらはマリインスキー・バレエでの上演で、オリジナルのアシーニモワ振付。イスロム・バイムラードフ、カレン・イオアニシアンなどが出演、指揮はワレリー・オフジャニコフ)

アルメニア国立バレエ団が、マリインスキー劇場の白夜祭で上演した「ガヤネー」全幕。Vilen Galstyan振付、演奏はマリインスキー管弦楽団。

<出演>

アンバルツム・カバニャン(アラム・ハチャトゥリアン)
ヴェロニカ・クズネツォーヴァ(サーシャ)
アレクサンドル・クズネツォフ(プシュコフ)
アレクサンドル・イリン(オイストラフ)
イヴァン・リジコフ(ブラーギン)
インナ・ステパーノヴァ(ニーナ・アニシモワ)
セルゲイ・ユシュケーヴィチ(デルジャーヴィン)

<スタッフ>

監督・脚本:ユスプ・ラジコフ
プロデューサー:ルベン・ディシュディシュヤン、カレン・ガザリャン、ティグラン・マナシャン
撮影技師: ユーリ・ミハイリシン
編集: デニス・ルザーノフ
音楽: アレクセイ・アルティシェフスキー、アンドラニク・ベルベリャン
配給:アルバトロス・フィルム

さて、私はこの映画の推薦コメントを寄せさせていただいています。バレエダンサーの柄本弾さん(東京バレエ団)、宮尾俊太郎さん(K-Ballet Company)、作曲家の池辺晉一郎さんなど錚々たるメンバーの中で大変恐縮していますが、大変な時にあっての芸術の素晴らしさと言論/表現の自由の大切さを謳っている素晴らしい作品なので、ぜひ音楽ファン、バレエファンはじめ多くの方に観ていただければと思っています。

永遠の名曲、美しくも勇壮なバレエの誕生秘話。ハチャトゥリアンの、芸術家としての、そして人間としての苦悩、政治と時代のうねりに押しつぶされていった名もなき芸術家たちの涙を、情熱みなぎる描写で、真摯に描く。
音楽を、芸術を、そしてバレエを愛する人に、今の時代だからこそ観てほしい、魂に深く響く名作。
森 菜穂美

劇場情報

7月31日(金)公開

新宿武蔵野館

kino cinema 立川高島屋 S.C.館

kino cinema 横浜みなとみらい

名演小劇場

他 シアター・キノ、テアトル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、KBCシネマなど全国順次公開

 



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