マリインスキー・バレエ、ヴィクター・カイシェタの蔵出しインタビュー

コロナウィルスが猛威を振るって軒並み公演は中止、不要不急の外出も自粛となって不安いっぱいの毎日ですが、コロナに関連しない話でもしたいと思い、2018年の夏に東京でインタビューさせていただいたものの、マリインスキー・バレエの来日公演に出演しなくなってしまったので掲載できなかった、現在セカンドソリストで21歳のヴィクター・カイシェタ(ブラジル出身)のインタビューを掲載します。

https://www.mariinsky.ru/en/company/ballet_mt_men/caixeta

インタビュー当時はまだ19歳、入団して一年しか経っていませんでした。その後、「ラ・シルフィード」のジェームズ、「眠れる森の美女」の王子、「ドン・キホーテ」のバジル、「ロミオとジュリエット」のロミオ役など主役を踊り、セカンド・ソリストに昇進。去年の夏には日本での「親子で楽しむ夏休みバレエまつり」ガラ公演に出演し、鮮やかなテクニックと明るいキャラクターで人気を博しました。

永久メイさんとの「ロミオとジュリエット」リハーサル

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2017年のモスクワ国際バレエコンクールで銅賞に輝き、マリインスキー・バレエ初のブラジル人ダンサーとして入団したヴィクター・カイシェタ。2018年4月の「くるみ割り人形」では永久メイと共演し、主演デビューを飾った。マリインスキー・バレエ来日公演のガラ公演では「海賊」のアリ役を踊り、また「白鳥の湖」のパ・ド・トロワ役も踊る予定の19歳、まだ少年の面影が残る新星に話を伺った。

 

ヴィクターさんとバレエとの出会いは?

 バレエは12歳で始めました。母が、僕にはバレエが合っているのでは、と勧めてくれました。最初は学校内のクラスでバレエを始めたのです。そこに、バレエ学校の教師が才能のある子を求めてやってきました。そこで見いだされたのです。

 

ブラジルにおける、教育プログラムの一環としてのバレエ学校だったそうですね。

 この学校の生徒はすべて、この教育プログラムのために集められた子どもたちで、ブラジル中から集められました。子どもたちの多くは貧しい家に育った子で、先生はバレエによって子供たちの人生を変えられると信じていました。僕は始めるのが遅かったので一生懸命頑張って稽古しました。僕には才能はあるけど他の生徒たちより何年も後から始めたので努力しないとね、と言われたのです。バレエを始めたらすぐプロのダンサーになりたいと思い、プロになるためのトレーニングを始めました。

「親子で楽しむ夏休みバレエまつり」カーテンコールより

ブラジルでは最近たくさんの素晴らしい才能が輩出されていますね。

 たくさんのダンサーが国際コンクールで賞を獲っていますが、政府はバレエに対する支援はあまり行っていません。バレエを学んでいる生徒は、海外に出るためには何でもします。コンクールに出場してバレエ学校のスカラシップを獲得したり、海外のバレエ団と契約したりすることを目指しています。ブラジルでは、ワガノワ・アカデミーを卒業したロシア人の教師にも学びました。

 

ヴィクターさんもコンクールには早くから挑戦されてきましたか?

 バレエを学び始めて4か月後に最初のコンクール、ユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)に出場していきなりスカラシップも獲得したのです。僕の教師はブラジルでしっかり学んで海外生活に馴染めるほど成熟してから留学した方がいいと考えたので、すぐには留学しませんでした。ローザンヌ国際バレエコンクールにも出場し、そこで18ものスカラシップを獲得しました。カナダ国立バレエ学校を選んだのですが、カナダに行ってみて、ぼくが学びたいことはここでは勉強できないと思い、一年後、2016年にベルリンに移りました。そして17歳の時にモスクワ国際バレエコンクールに出場してジュニア銅賞を受賞し、ユーリ・ファテーエフが僕の踊りを観て、マリインスキー・バレエへの入団をオファーしてくれたのです。夢がまさにかなった瞬間でした。ブラジルではロシア・バレエを学んできたので、憧れていたカンパニーでした。

バレエを学ぶ前は、サッカーを少しやりました。ブラジルでは誰もがサッカーをやるんです。でも途中で、サッカーは僕のやりたいことではないと気が付きました。学校の勉強がとてもよくできて、クラスで一番の成績を取っていました。家でも勉強や読書ばかりしていたので、母はもっと外で遊びなさい、と言ってたほどです。でもバレエを始めてからはバレエに夢中になりました。カナダに留学した時には、半年で英語が話せるようになりました。カナダのバレエ学校はバレエだけでなく、学業の授業もあったからです。ベルリンに移ってからは、ドイツ語を一年で覚えました。ベルリンの学校にはイタリア人やスペイン人もいたのでこれらの言葉も覚え、今は6か国語を話すことができます。次はメイに習って日本語も覚えたいですね。最初に英語を覚えるのは少し大変でしたが、英語ができるようになったら、他の言葉は簡単でした。

マリインスキー劇場での生活はいかがでしょうか?

 毎朝起きると、僕はなんてラッキーなんだ、と思います。もちろんマリインスキーでの日々はとてもハードですが、この経験で自分が強くなっているのを実感しています。初主演は今年の4月に「くるみ割り人形」で、永久メイさんと踊りました。「くるみ割り人形」のヴァリエーションは、ブラジル時代に初めて踊ったソロでモスクワ国際バレエコンクールでも踊ったので、この全幕でマリインスキーでの初主演ができて夢が叶いました。

ブラジルと違ってロシアは冬が寒いですよね?

確かにブラジルでは想像できないほど冬は寒くなりますが、ほとんどの時間を劇場で過ごしているので、寒さを感じることはあまりありません。バレエのためにロシアにいるわけですし、一日中マリインスキー劇場で過ごせるのは幸せなことです。マリインスキー劇場から10分のところにある寮に住んでいるのですぐ劇場に行けます。

ロシア語では苦労されていますか?

マリインスキーに来た時には、ロシア語は一言も話すことができませんでした。ブラジルでのロシア人の教師はポルトガル語を話していたからです。今はロシア語を勉強していて、ロシア語の聞き取りはできるようになりました。僕の先生はゲンナディ・セリュツキーで、歳をとっていてロシア語しか話せないのです。また、永久メイさんの教師エルヴィラ・タラソワと過ごすことも多いですが彼女もロシア語しか話しません。でも、バレエ用語はどの国でも同じなのであまり大変ではありません。学校に行ってまでロシア語を学ぶ時間はないので、家に帰った時に調べて、こういう意味だったのか、と理解するようにしています

 

故郷ブラジルや家族を恋しく思いますか?

ブラジルを離れて3年になります。家族は僕にとってとても大切なものなのでロシアでの生活に慣れることはないと思いますが、今僕の生活はブラジルの外にあり、それが僕の人生ですし、家族もそれは理解してくれています。いつも稽古していてバレエのことを考えていたり新しい作品を覚えなければならないので、寂しいと思う時間すらない時があります。僕には4人の兄弟姉妹がいて、彼らが成長していくところを写真やビデオだけでしか見られないのは寂しいと思います。でも兄弟たちは、お兄ちゃんのように目標に向けて頑張る人になりたいと言ってるんですよ。兄が一人いるのですが、兄ですらそう言ってくれます。僕は15歳で家を出たわけですが、バレエを学んでいる人の中にはもっと小さい時から家族から離れる人もいます。でも、僕にとって家族、特に母とはいつも一緒でした。いつかマリインスキー・バレエがブラジルで公演を行って、そこで家族の前で踊るのが僕の一番の夢です。

 

今は永久メイさんと踊ることが多いのですね?

 「くるみ割り人形」で共演して以来、一緒にリハーサルすることが増えました。テレビ番組「ビッグ・バレエ」に一緒に出演する予定だったので、毎日長時間リハーサルを一緒にしていて、2か月間、一度も休みがありませんでした。さらにスペインとフィンランドのガラでも共演しました。

メイとはお互いよくわかり合えるし、彼女はとても努力家です。この劇場で踊ることがどんなに素晴らしいことかもよくわかっているし、僕にとっては完璧なパートナーです。とても熱心に稽古をするので一緒にいても楽しいです。僕が稽古で疲れている時にも彼女を見ると、あんなに若くて小柄で細いのに、いつも準備万端で戦闘態勢に入っているので頑張らなくては!と元気をもらえます。

僕もメイも、休みの日に家でのんびりできるような性格ではなくて、リハーサルがなくても劇場に行って自習してしまうんですよ。ベルリン国立バレエ学校時代には、井関エレナさんとよく踊って、一緒にモスクワ国際バレエコンクールに出場しました。日本人のバレリーナは、みんな稽古熱心なので、パートナーとしては最高です。みんな明るくて前向きだし、しっかりとした教育を受けているし、いつも僕を助けてくれているので一人ではない、という気持ちになります。エレナは僕の3歳年下ととても若いのですが、プロのダンサーのように働いています。とても集中して練習をしているんです。日本で、ジャパン・グランプリというコンクールを観たのですが、日本のダンサーは皆集中力がありますね。

 

ユーリ・ファテーエフは才能を見つけ出すのが上手いですね。

 彼はロシアの外にも目を向けてダンサーを発掘しています。またとても優れた教師で、僕やメイのことを気にかけて丁寧に指導してくれています。彼は僕たちがとても若くて、ロシアは外国人が生活するのが大変な国であることもわかって気を遣っています。まるで父親のような存在ですね。

僕の教師のゲンナディ・セリュツキーも父のようで、人間として助けてくれます。とても尊敬していますが、教師と生徒の関係を越えていてバレエ以外の世間話もするんですよ。日本に遊びに来ている時にも、日本にまで電話をして日本はどう?と聞いたりするんです。こんな素晴らしい先生と出会えたのは、人生でも大きな贈り物だと思います。高く跳んだりたくさん回転したりすることよりも、感情を表現できることが大事だと言っていますし、それは人生でも大事なことだと教えてくれました。ロシアに来たことで、僕は人間として、そしてダンサーとしてとても大きく成長できたと思っています。

 

これから踊ってみたい役は?

 僕の教師のセリュツキーは、新シーズンには僕に「ドン・キホーテ」のバジルを踊ってほしいと言っていました。実際にそれが実現するかはわかりませんが、その準備は進めています。最初のシーズンで、「くるみ割り人形」と「海賊」のアリが踊りたいと思って実現できたので、2年目のシーズンではバジル役が実現するかもしれません。メイとは、「ロミオとジュリエット」でいつか共演したいね、と話しています。

 

日本のファンへのメッセージをお願いします。

 ベルリン、そしてカナダのバレエ学校時代にたくさんの日本人の友達ができたので、この夏、彼らに会いに日本に来ました。日本ではとても気持ちよく過ごすことができました。日本人はバレエを踊らない方もバレエに対して敬意を持っているし、バレエを愛してくれています。日本のお客さんの前で踊って僕の芸術の一部を見せることが待ちきれません。僕のインスタグラムにも、多くの日本の方がコメントをしてくれています。

この年の7月にリハーサルで怪我をしてしまって「ビッグ・バレエ」に出演できなくなってしまったヴィクターだが、立ち止まって考える時間ができたので、復帰したらもっと良いダンサーになっているよ、と語ってくれた。

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ヴィクター・カイシェタの英語インタビュー(1年前ですが)

https://www.vocidellopera.com/single-post/Victor-Caixeta

インスタグラム https://www.instagram.com/victorcaixeta10

このインタビューを行った後、どんどん主役に抜擢されて羽ばたいているヴィクター。永久メイさん、マリア・ホーレワなど共に、マリインスキー・バレエの新世代を代表するダンサーの一人となりました。2022年にマリインスキー・バレエの来日公演は予定されているようなので、どんなに成長しているか楽しみです。



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