昨日、初めてジークフリードを演じさせていただきました。
悩んだ!とても悩みました。
だって、王子様って人だけど人じゃない。人間ではなく、王子様という生き物。
だから、今まで見てきたジークフリードはどうにも無機質で。
今回の白鳥の湖では、熊川監督ももう少し人間らしい王子にしたいとのことでした。
まず考えたのは、このジークフリードという人はどんな人なのか。
王宮に生まれて、母親である王妃との関係には距離があり、父親も出てこない。バレエ団によってはベンノやパドトロワが友人役をしますが、その存在もない。
どうにも孤独な人に思えました。
そんなところからジークフリードの人としての奥行きを探していきました。
王妃を出迎える時にも緊張して、身嗜みを整えるマイムが付いているように、王妃の存在は絶対で、王宮が自分のものになると言われても、結婚するように言われてもジークフリードの本心は嬉しくありません。1幕の音楽も他のチャイコフスキーのバレエ音楽に比べると堅苦しい印象です。
2幕の白鳥との出会いは、初めて会った時の好奇心からアダージョを通して距離が縮んでいきます。王宮では得たことのない心の繋がりを、初めて学びます。
王宮に戻ると、1幕の王子とは違い王妃に逆らい始めます。母親の言いなりになっていた息子から、白鳥への想いを通じて大切なものを見つけ、自分の意思表示を始めます。
胸元に白鳥の羽を身につけ、白鳥を想い。結婚相手を見つけろと言われることへ反発します。反抗期ですね(笑)
やはり僕の中では、役は現実に存在し得る人であるべきと思うんです。見ている人に感情移入してもらうには、現実味がないと。感情移入できない恋愛映画を2時間半も見るのは、どんなにキャストや映像や音楽が美しくても苦痛なように。
(ドンキホーテや海賊のような作品はまた別で、エンターテインメント性が重視されると思うので。)
ちなみに、僕の中でのジークフリードは、ウィリアム王子のような優等生になろうとする、ヘンリー王子です。現実的すぎ?(笑)
こだわった箇所をあげてみると、1幕王妃に結婚するよう言われたあとの頷き方から手の出し方、王妃を見送る所。まだ成人したての、幼稚さ。
2幕アダージョの抱きしめる時、距離や抱きしめ方を1つずつ変えたり。後ろから覗き込むのが二回続く時なんかも、2回目の方が距離が近くなるように。王子が一度体の向きを変えるところも、そっぽを向いているように見えないよう、タイミングを遅らせて白鳥から目を逸らしている時間を短くして、諦めたように見えるよう。
3幕では、ロットバルトに羽を渡されたあと、すぐに確かめるのではなく、黒鳥がいなくなってから胸元から羽を取り出し、しっかりと同じ羽を二本持っているのをお客様に伝わるように。姫選びは3幕の中で2度あるので、1度目は姫たちの前で愛を感じないとマイムするのは、出来るだけ控えめに。(姫たちの目の前で好きじゃないです!は失礼ですしね(笑))そこから2度目、そして王妃を手で制止する動作までを自然なクレッシェンドになるよう。パドドゥは、まずは黒鳥に困惑して、そこから白鳥だという確信(勘違いだけれど)に変わっていくよう。
4幕、白鳥が飛び込んだあと、頭を抱えるだけでは足りないので、腕を頭の横で震わせてみました。これは舞台に向かう朝の電車の中で思いついたのだけど(笑)
書き出したらキリが無いので、いくつか。
パドドゥや演技は自分の思い描いていたものができたのですが、自分の踊りに不満が残る舞台でした。まだまだまだまだ、練習が足りないな、と思います。本当は練習じゃなくて、精神の準備の仕方が悪いと分かっているのだけれど、そこも含めて。
いつも舞台見にくださってありがとうございます。たくさんの方から色々なメッセージをいただき、救われてます。自信がありそう!に見えてまったく自信がない性格なので(笑)前にアメリカの心理学者の作った自己愛テストをやったら、3/10ポイントで、ギリギリやばくないレベルの自己愛の低さ。なんでもやり込んでやり込んで、誰に見られても変なところはないかな、と思えるまでやるタイプです。このブログの記事も適当に見えて、何時間もかかっていたり。ファンクラブ会報誌の記事なんて、700文字強書くのに何日かかるんだ!!といった始末(笑)インスタグラムの写真もしかり。おかげで色々こだわりがあり良い面でもあるのですが、同時に自信のなさが本当に悩みです。催眠術で自信付かないかな、とか本気でグーグルしたり(笑)なので、応援してくれる人たちがいるのは有難いなとつくづく。
なんだか、少し答え合わせ的な投稿です。
舞台後記。
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