日ロ交流協会 岩田守弘さん講演会

日ロ交流協会主催、元ボリショイ・バレエのファーストソリスト岩田守弘さん(現ブリヤート・オペラ劇場芸術監督)の講演会が開催されました。





満席だったところ、希望者多数のため、主催者側が会場セッティング変更で席を増やして下さって感謝です。ロシアのクラシックバレエの魅力と題し、岩田さんのこだわりについて熱く語られました。録音していたわけではないので、メモで岩田さんのお話についてレポートします。(ので間違いもあるかもしれません)

<ロシア・バレエの魅力>

岩田さんはロシアバレエのダイナミックさ、人間的で感情豊かに踊るところに惹かれたそうです。技術だけではなく精神性が大事だと感じていました。バレエは伝統芸能であり、民族、歴史を通して人をつなげるものでもあると。

今、バレエのスタイルとしては、フランス、イギリス、アメリカ、ロシアのおよそ4つがあり、フランスのバレエは気品にあふれており、イギリスは上品でエレガント。アメリカはポジションや音のはめ方が完璧で、ロシアのバレエはダイナミック。ロシアバレエは美しいけど、ポジションの中に感情を込めるものです。(岩田さんは各流派の違いを実演してくれましたが、一つ一つの腕の動きが実に美しかった)

岩田さんはバリシニコフ、ワシーリエフ、ソロヴィヨフといったロシアバレエのスターに憧れ、19歳でロシアに留学、一年半バレエ学校で学び、ロシアバレエ団に入団しました。そこで知り合った女性と結婚して子供も生まれ、ツアーの多いバレエ団よりモスクワで落ち着いて仕事をしたい、とボリショイに移籍します。

岩田さんは、こだわりがあるからこそチャレンジし続けられたという。続けていくことの中で、周りの人の評価を気にすると心が折れてしまう。そうではなく、自分が思い描く素晴らしいバレエの像を乗り越えたいというのが原動力となった。同時に自分の踊りについても自己評価するのをやめようと。素直な目で見て美しいか、感動できるかが全てと。



<岩田さんがこだわっているロシアバレエの素晴らしさ>


まず、ロシアバレエは国に支えられていて、歴史と伝統があること。劇場システムが確立されてバレエ、オペラ、オーケストラ、合唱があり、レパートリーシステムがあること。ロシアバレエは総合芸術として成り立ち、衣装、舞台装置、照明、生演奏、そしてお客様が揃っている。 1か月に何回も公演を繰り返し、たくさん稽古し、舞台に立つことでダンサーは成長する。何回も舞台に立てることで踊りに味が出てくる。

ダンサーは客席の反応が手に取るように感じられるので観客はとても大切。お客さんが乗っているとそれは伝わってくる。バレエの公演は、映像で観るのとは全く違っていて、劇場でその瞬間にその場所にいることが大切。バレエは、音楽、時間の芸術であるので4次元の芸術と言える。

<バレエは道徳>


岩田さんにとって日々のクラスレッスン、稽古とは踊りをする前の儀式、礼儀である。師の一人ボンダレンコ先生は、バレエは道徳と言った。クラシック・バレエは、新しいことをやるのではなく、がちがちに決められた中での表現であり、脚を上げ過ぎるのは品がない。バレエなのか否かの線引きをするのが道徳ではないかと感じている。 バレエコンクールが流行っているけど、一位になることやバレエ団に入団することが到達点ではなく、毎日、到達点を歩いていくのがバレエだと思っている。

<岩田さんの3人の師とグリゴローヴィッチ>

岩田さんには3人の師がいる。父岩田高一にはバレエの魂を学び、ボンダレンコにはバレエの基礎を学んだ。3人目のボリス・アキモフは、コンクールで賞をたくさん取り自信を持っていた岩田さんの考えを変えた。(岩田さんは、18年間誰も取っていなかったグランプリを受賞したのだ) 自分は上手い、と思っていた岩田さんだったが、この先生の元なら上手くなれる、バレエは技術だけではないということを教えてくれたとのことでした。

未だにアキモフは岩田さんより上手く、手の動き方も足の動き方もすごい。力じゃないところで踊る達人で、手本も自分で動いて見せてくれる。(人が少ない時は手を抜く(笑)) リハーサルの時に、悪魔役がいなかったため、アキモフが代役で悪魔を演じた時には、本物の悪魔がそこにいた!

振付家、元芸術監督のグリゴローヴィッチは観た人間の中であんなにすごい人を見たことがない、と岩田さん。稽古場に入ってくると空気が変わり、なんだかわからないけどすごい、と尊敬の念を抱いてしまう。グリゴローヴィッチの前で『白鳥の湖』の道化役の稽古をしたけれども、彼からの注意はなかったそう。道化のレヴェランス(おじぎ)を見せてくれたのだけど、それがまさに道化のおじぎだった。

ボリショイでの引退を間近にした『白鳥の湖』道化のリハーサル。引退前でも素晴らしい跳躍力、輝かしいテクニックを見せる。


<ソヴィエトバレエのロマンティックさ>


岩田さんはソヴィエトのバレエが大好きで、それ以外には何もいらないと思っていた。ソ連が崩壊し、伝統の価値観も変わった。ボリショイ・バレエで踊ったことがない芸術監督がやってきて、脚を高く上げること、ポジションをきちっとすることを指導した。このこと自体は何も間違っていない、正しいことなのでみんな従った。あるとき、新体操の先生がボリショイを見にきて、これはバレエではなく、新体操みたい、それも私たちより下手な新体操だと怒っていたこともあるという。

マイヤ・プリセツカヤの『カルメン組曲』では確かに、カルメンは6時のポーズというべき、脚を高く上げる振付があるが、それはカルメンが鉄砲を持っているイメージから生まれた形であって、脚を高く上げるのを見せるためのものではない。『ジゼル』は心臓が悪いのだから、1幕で脚を高く上げるのはおかしいとも。

マリナ・セミョーノワは『白鳥の湖』2幕の出会いのアダージオでは脚を上げるな!と指導をしていた。オデットが脚を上げすぎたらそれはロマンティックではないという考えだからだそうです。岩田さんは、このような偉大な教師たちから技術のことの指導や修正されたことは一度もないそうで魂と表現を学びました。

新しい芸術監督の下で、ボリショイはまるで大きなヨーロッパのバレエ団へと変化をしてしまっているのを感じたそうです。岩田さんは時代遅れと言われようがソビエトバレエにこだわりがある。夢があり、ロマンティックなのがバレエであり、そういうのが観られなくなったらバレエではないと思っているそうです。

現在芸術監督を務めているブリヤートで、バレエを知らない人に対しては、バレエはロマンティックなのでデートに最適だと、ぜひデートでバレエに誘ってください、という話をしているんだそうです。


<コンプレックスがあるから前進できる>

素晴らしいと思う人たちのほぼ100%がコンプレックスを持っていて負けを経験している人たち。ボリショイのかつてのダンサーたちは想像もつかぬ辛苦を味わっている人たち。ソビエト時代に両親を殺されているプリセツカヤなど、想像もできないような人生を経験しており、厳しいものを持っているけど、バレエにはそれが大事だと感じている。

岩田さんもボリショイに入った時初の外国人で周りの目が厳しく辛かったし、身長が低い、足が短い、つま先が伸びないとコンプレックスが多かったが、身長はどうにもならないけど、つま先は時間をかけた訓練で伸びるように。諦めないことが大事だと感じたそうです。

どうしても身長の問題があり、かぶりものの役(道化、せむしの仔馬の仔馬、ブロンズ・アイドル、チッポリーノ、「ファラオの娘」の猿など)が多かった。白鳥の王子は無理でも、バジルや『くるみ割り人形』の王子は踊りたかったし踊れると思っていたけど、できなかった。でもその夢が実現しなくても、後悔はないそうです。ボリショイでバレエをすることができたことは大きく、感謝しているそうです。

外部の公演で、自分より10歳くらい先輩のナデジダ・バブロワと『ジゼル』を踊った時には、パブロワが扉から出てきてすぐに心臓が悪いことがわかり、本当に自分に恋していることを感じられたそう。 芝居ではなくて現実のようだったそうです。一人で踊るのではなくて、デュエットとしてお互いで踊ることが、バレエには大切だと感じたそうです。

<ボリショイの素晴らしいシステム、そして教師たち>

ボリショイ劇場ではシステムがしっかりしているのが素晴らしく、教育システム、給与や待遇、怪我をした時の保障、全部そろっていて至れり尽くせり。劇場に行けば着替えからメイクまで全部やってくれるので、ダンスベルト(下着)だけを持っていけばいいほど。40歳前後で、怪我などもしたり、年齢的なもので引退することになっていますが、少ないけれども年金があるので、死ぬまで守られているそうです。

ボリショイで一番大切なのは先生。教育システムが素晴らしいうえ、教師たちはプライドが高くよく勉強し何でも知っている、彼ら教師がいるからこそのバレエ。ロシアバレエ界は厳格なピラミッド構造となっており、地方にも国立の劇場がある中で、ボリショイはその頂点。そしてボリショイの劇場予算は欧米のバレエ団と一桁違っていて規模も世界一。だが、その魅力が失われてきているのではないかと危惧もあるそうです。ボリショイは、今でこそ高額なチケットも飛ぶように売れますが、チケットが売れていない時代もありました。ビジネスをやるか、芸術をやるか、という時代になってきました。お金がないとできないことも多いのです。

ボリショイの初任給は1か月7000円と金額が少ないため、もっと稼ぐために欧米に移る人もいます。レパートリーシステムも少しずつ変わってきました。しかしボリショイでは舞台数はとても多いので、経験は積むことができます。ボリショイでは一つの役を演じるのに一年かけることが普通であり、アキモフ先生は、王子役を演じるダンサーに、最初の1ヶ月間が手袋の取り外し方だけを練習させたことがあるとのこと。役への考え方がそもそも違うとのことです。

<バレエを通して学んだもの>

岩田さんにとってバレエとは、心が通じるもの、真剣にやるもの、謙虚、感謝、挑戦すること、想像すること、めげない、あきらめない、ということだそうです。形ではないものを教えてくれたのがロシアバレエだと。

岩田さんは、自分の経験、思いを本にしようと書き綴り始めたそう。バレエが大好きでとにかくがむしゃらに努力した結果、バレエ以外の人生の輪も広がった。バレエを通して身につけたのは努力すること、想像すること、創造すること、挑戦し続けること、我慢すること、諦めないこと、恥ずかしがらないこと、真剣であり続けること、感謝すること。

いろんな芸術家を見てきて、どんなに素晴らしい人でもやがては忘れ去られることを実感したそう。大切なのは、今やっていることが充実していること。そして日本人は恥ずかしがる人が多いけど、バレエは感情をオープンにするので、恥ずかしがらないことが大事。何か言われても必ずわかってくれる人がいる。

岩田さんは出たがりで根拠のない自信を昔から持っていて、子どもの時から世界で自分が一番うまいと思っていたそうです。人間は自分でやりたいかやりたくないのかを選ぶことができるし、やりたい人をつぶさないようにすることが大切。そしてやる気だけがあってもダメで、情熱を持ち続けていくことが大事とのこと。ユーリ・グリゴローヴィッチも、ボリショイ・バレエ学校のゴロフキナ先生も、練習を積めばプロになることはできる、踊りを踊る気持ちがなければどうしようもない、と言っていたそうです。



現在岩田さんが芸術監督を務めるブリヤート歌劇場は、ロシアに200ある劇場の中で13のアカデミー劇場の一つと、由緒正しい。この歌劇場はシベリア抑留された日本兵たちが建築したもので、これを作れと強制されないのに70年間、厳しい気候、長年の風雪に耐える素晴らしいものを作った。彼ら日本兵たちが助けてくれていると岩田さんは感じているそう。 先日は、日本刀の刀匠たちがブリヤートに集まって、慰霊祭を行ったとのこと(参加されたメンバーがこの講演会にも来ていた)。日本刀にはロマンがあるとともに、友好のシンボルでもあると岩田さんは考えているそうです。



本当に素晴らしいお人柄、情熱が伝わってくる岩田さんのお話でした。今47歳とのことですが、未だ若々しく、少年のような澄んだ目が印象的です。今準備しているという本も楽しみですし、舞台にも立たれているので、近いうちに拝見する機会があればいいなと思います。

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