『ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』

2014年11月にバレエの殿堂、パリ・オペラ座バレエの芸術監督に就任したバンジャマン・ミルピエ。ニューヨークシティ・バレエの元プリンシパルで、自らのカンパニーL.A.ダンスプロジェクトも率いる、当時37歳の新進気鋭の振付家で、オペラ座史上最も若い芸術監督だった。女優ナタリー・ポートマンの夫で、イヴ・サンローランやエールフランスの広告にも出演したハンサムなミルピエは、大きな注目を集めた。

ミルピエが芸術監督として手掛ける自らの新作「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」完成までの40日間に密着し、パリ・オペラ座公式プロデュース作品でしか成しえないオペラ座の貴重なバックステージを描いたのが、このドキュメンタリー映画『ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』。

http://www.transformer.co.jp/m/millepied/

ミルピエの新作「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」は、音楽をニコ・マーリーに委嘱し、衣装はイリス・ヴァン・ヘルペンが担当した作品。振付家がインスピレーションを得てから、リハーサルを経て一つのバレエ作品が出来上がってくるまでのプロセスが詳細に描かれているのが大変興味深い。

「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」はダンサーが16人出演する33分の作品なので、それなりの大きな規模感があるし、ミルピエがプログラムした最初のシーズンの開幕早々の作品なので彼のディレクターシップの行方を占う重要な作品でもあった。バレエ団と言えば、ダンサーと芸術監督、教師くらいしかすぐには思い浮かばないけれど、実際には本当にいろんな関係者が仕事をしている。「エトワール・ガラ」でおなじみのエトワール、バンジャマン・ペッシュがミルピエの右腕として活躍する姿も観ることができる。

ダンサーは生身の人間なのでいろんなことが起きる。リハーサル中の怪我や不調など。また舞台装置や衣装などについても細かなアクシデントが起きるし、シーズン頭にはストも起きてしまう。

スタジオの床をダンサーの脚に良いものに取り換え、ダンサーの体のケアのための医療体制も改善するなど、様々な改革にミルピエは乗り出す。一方で、現在のパリ・オペラ座バレエは、コンテンポラリーダンスのカンパニーとしてはトップクラスだが、クラシック・バレエは振るわない、また昇進試験制度には反対というこの作品の中での彼の発言などは、大きな反発を呼んでしまった。階級にこだわらず、彼が選んだダンサーをキャスティングするという手法も、ヒエラルキーを重視するオペラ座の中では、大きな議論を巻き起こした。そしてこの作品の最後には、この作品初日の数か月後にミルピエが辞任を表明したというテロップが現れる。

この作品を観ただけでは、数々の問題を乗り越えて無事「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」を上演し、ダンサーたちにも好かれているように見えて順調だったミルピエが、なぜこの短期間で退任表明をするに至ったのかは明らかはになっていない。ただ、上述の懸念事項が伏線となっていたのはわかる。

この作品のもう一つの見所は、「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」に出演したスジェ、コリフェなどの若いダンサーたちのリハーサルシーンである。ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、レオノール・ボラックなど進境著しいスター候補を始め、マリオン・バルボー、レティツィア・ガローニ、アクセル・イーボ、ヤニック・ビットンクールなどパリ・オペラ座バレエの新時代を象徴する美しいダンサーたちの姿には思わずうっとりしてしまう。特に、ジェルマン・ルーヴェ、マリオン・バルボー、レティツィア・ガローニ、アクセル・イーボの4人はそれぞれの魅力が存分に発揮されたプロフィール映像が流れるので、彼らのファンは必見と言えよう。NHKの「スーパーバレエレッスン」で生徒役で出演したダンサーたち、マルク・モロー、エレオノール・ゲリノー、ロレーヌ・レヴィらの姿が観られるのも嬉しい。

オペラ座で褐色の肌を持った初めての女性主演ダンサーとなったレティツィア・ガローニが主演した「ラ・フィユ・マル・ガルデ」(コーラス役はマチアス・エイマン)、そしてシーズン開幕の華やかなデフィレの様子も映るのも、隠れたお楽しみポイント。初の主演を終えたレティツィアを称賛するオーレリー・デュポンの姿に、未来の芸術監督の姿を重ねることもできる。

オペラ座の長年にわたる伝統に抵抗し改革しようとしたミルピエ、その改革は挫折したように見えるけれども彼の蒔いた種が、彼を継いだオーレリー・デュポンの采配、そして若いダンサーたちにどのように引き継がれるのか、見守っていきたいと感じさせた、とても面白いドキュメンタリーだった。

監督ティエリー・デメジエール/アルバン・トゥルレー

キャスト バンジャマン・ミルピエ、レオノール・ボラック、ユーゴ・マルシャン、ジェルマン・ルーヴェ、アクセル・イーボ、ヤニック・ビットンクール、フロリモン・ロリュー、マルク・モロー、アリステール・マダン、ジェレミー・ルー・ケール、イヴォン・ドゥモル、エレオノール・ゲリノー、レティツィア・ガローニ、マリオン・バルボー、ロレーヌ・レヴィ、ジェニファー・ヴィソッキ、オーバーヌ・フィルベール、ロクサーヌ・ストイジャノフ、イーダ・ヴィーキンコスキ、オーレリー・デュポン、バンジャマン・ペッシュ、セバスチャン・マルコヴィッチほか

<公演参加クリエイター>
音楽:ニコ・マーリー「拘束のドローイング」、衣装:イリス・ヴァン・ヘルペン、指揮:マキシム・パスカル
作品情報 2015/フランス/114分/シネスコ 原題 Releve
配給:トランスフォーマー

Bunkamuraル・シネマにて12月23日(金・祝)より公開
http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/16_reset.html

ユーゴ・マルシャン インタビュー動画

ジェルマン・ルーヴェ インタビュー動画

なお、この映画『ミルピエ ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』の劇場用パンフレットに、私はダンサーとスタッフ紹介、オペラ座のヒエラルキーシステム、そして用語集について執筆をさせていただいています。よろしかったらぜひお買い求めください。私は担当していませんが、美しいユーゴ・マルシャンとジェルマン・ルーヴェの対談ページも掲載されています。



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