ロシアに帰ってきました

戦争から帰還したセルゲイと約束しました、もう二度と軍に戻らないと。

機関銃は13キロあるんですね。まあ、ドンパチしてきたようです。詳細は書けません。カモフラージュの軍服はズタボロながら残っているわ。

最終日はマラリアにやられて高熱だして大変だったようです。


そんな約束をした日から半年後の2025年9月から私も子どもたちもロシアにいます。


そんな、私と子どもを放置して祖国を守ると宣言して約2年ドンパチしてきた男をなぜ愛せるのか?そうか、どんなことがあっても愛を忘れないために子どもを産んだし子どもが居るんだな、と問いながら、今これを書いています。


日本語で書くと脳内整理になります。漢字、それは侍の言語。ああ周到さが美しい。

子どもたちはもうロシア語のほうがラクなようなので日本語のない生活に逆戻り。


というわけでまた、このアメブロにて私の雑記帳スタート。この雑記帳の愛読者様たち、お久しぶりです、元気でしたか。元気なわけありませんね、これ読んで元気になってくださいね。日本は税金高すぎて気力奪われます。私は、ロシア在住なのに日本に納税している、税理士に泣きついている、しがない平成一桁生まれ、きらきらっ。でも高市さんが食い止めてくれてるのできっと今以上にひどくなることはそんなにないと思いたいですね。私が心底腹立ってるのは外国人のナマポ。



日本でバレエで育てていた生徒たちもロシアにいたり(今年は新規で5人がロシア留学へ。なんじゃこれ。)ヨーロッパへ飛んだり、日本に残って頑張る子もいて

あー、みんな雄々しく育ったなーと、生徒のことに関しては感無量です。


私は5年間経営者として頑張った。生徒たち育って自分の生きる道見つけた子たちを育てられて万々歳です。これ以上なんか求めたらきっと罰当たるし、これ以上何も望まない。未練がこんなに何もないまでやりきったなあと自分で感心してしまいます。


私は、昔から夢も目標も持てないし、憧れというのがよくわからない。

「やること」を決めてしまう。で、それを遂行したら満足しちゃうので興味が終わってしまう。で、自分で言っちゃうけど、人と比べて短期間で終えてしまう。バレエ団のときもそうだった。これをやる!と決めて、それをやったら満足した。


今の私の「やること」はなんだろう。

新体操の子どもたちにバレエを教えている。彼らの中には、ここの州単位ではなく、ロシア連邦で選ばれた選抜組もいる。新体操は18歳まで。バレエと違ってプレイヤーとしての職業が無いからトレーナーになる。でもみんなが教えに向いてる性格をしているわけではないから、その場合はバレエを並行したらいいと思う。ただ、新体操のことで頭いっぱいの14歳たちが、そこまで考えられているわけもない。新体操はバレエと違って一分一曲バリエーション踊って競うものではない。フラフープやら器具を変えながら複数の演技で競う。バレエ+αααの世界だった。


私はそういう話しをなんとなく始めてみて、そういう考えも視野に入れて欲しいなと、綺麗な子達を見て思っている。その話すタイミングを今は伺っているところ。


産んだ子どもたちに関しては、

親の私は朝起こしてごはんをつくり、身の回りの世話をすること。教育はもう、彼らのまわりの大人たちを信頼しているので、おまかせして私は送迎に徹する。子どもは勝手に育てばいいと思う。


ロシアの教育がすごくて。一口に、すごくて。

いつか、それについて書くか。

ロシア国籍って強いなと日々感心している。











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https://ameblo.jp/kanonballet/entry-12950233305.html

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