三浦春馬の死がこんなにショックだとは
何故こんなショックなのかわかりません、
芸能人のこととか、テレビで見ても特に何も考えること無くすぐ忘れるのに今回は違う。
Mステの三浦春馬見て美しすぎて絶句、言葉が無い、これ芸能人じゃなくて芸術、芸術って単語はなるべく使いたくないけれどこれはそう
そしてなぜか後悔に苛まれる。
なんでこんなに空虚で哀しみに暮れてるのか自分がわからない。髪一本一本の先まで、どこへどういつのタイミングに靡くのか計算されてるようで自然体なこの美は三浦春馬にしかないんじゃない、
美は儚い、と割り切るしかないのだろうか。
自殺は大罪だとされている正教の夫に話しても
全く理解してもらえないから、独りでネットニュース何度も見ています。
こういうとき、日本人の夫だったらよかったなと思ったり
人の声、とりわけ良いオペラには尋常ではないほど身体の奥底からエグられるように鳥肌が立つ。
その歌い手と数分前まで飲んでいて、飲みっぷり食いっぷり、口の悪さや生活感をよく知っていても舞台で歌う彼らの声には毎回、やられる。声って神経に響く。
良いバレエやバレエダンサーを観ると、なんて綺麗なんだろう正しいんだろうと思う、
10年前にボリショイで観たウバーロフとグラチョーワのバヤデルカは最高に感極まったけど、
鳥肌立つほどでは無かった。ザハロワやオシポワを目の前で舞台上から観ても、すげえなー!綺麗だなー!以外の感想は無かった。その場で思って終わり。
私にはバレエで感情を揺さぶられることは今後も無いだろう。
三浦春馬の訃報を知ってから彼について考えてるなかで、マクシーモワを思い出した、
14年前に一度スーツ姿で歩いてるのを遠目に見ただけなのに、その間は息をしたり物音を立ててははならないような緊張感と凄みを子供ながらに感じた、強烈なあの迫力。
ダンスがどう踊りがどうこうじゃなくて
感じる、とは生身の人間そのものになんだろう
知性とか感性とかその人が持つ死生観とか全部身体を通してあらわれる、
きっと三浦春馬もそういうこと
あーあ
死ぬ人間違えてる
会ったこともないしこれからもわたしめには
お目にかかる機会も無い有名人なのに、生きてて欲しかった
哀しい