『ベートーヴェン交響曲第九番 -歓喜の歌-』に振付・出演/山本裕のロングインタビュー

〈2017都民芸術フェスティバル 現代舞踊公演〉が、東京芸術劇場プレイハウスにて3月16日、17日に開催される。
山本裕の『ベートーヴェン交響曲第九番 -歓喜の歌-』、久住亜里沙の『ココロの遺伝子』と二見一幸の「Rite -ライト-』がラインアップ。

 山本は、2016年に岡山県主催の〈クラシック音楽と舞踊のコラボレーション〉に向けて『第九』の創作を依頼され、時を置かずして〈都民芸術フェスティバル〉でも作品のオファーがあり、今回の上演の運びとなった。

 本公演の振付・出演の山本裕が、ロングインタビューに応じてくれた。

 

山本 裕

  ― 岡山県公演での観客の反応は?東京公演は再演になるのでしょうか?

 岡山では、子ども・20-30代・40-50代の3世代のダンサーで上演しました。大変有り難いことにアンケートの結果は90%以上のお客様からまた観たいという評判を頂き、感動したとの生の声も沢山頂戴しました。
 東京公演は再演になりますが、コンクールや海外などで実績、実力のある20-30代のダンサー20名で上演します。それに伴い内容的にも岡山公演とはまた別のアプローチでブラッシュアップします。

  ― 本公演の構成を教えてください。

 この第4楽章の「歓喜の歌」は一番有名で、多くの方達が合唱経験を持ち、大晦日などでも馴染みが深い楽章です。この楽曲ををノーカット、編集なしで使用します。

 ― 多くの振付作品を手掛けていらっしゃいますが、どのような創作方法を用いているのでしょうか?

 必ず作品の目的やコンセプトははっきりさせて取り組みます。そしてそれを主軸にしてありとあらゆる方法を考えて選び出します。僕の中では庶民感覚がとても大切だと思っていて「誰でも理解できるが、誰もが思い付くことができない」というのが理想的ですね。そうやって惰性的にならずに思考の振り幅を大きく保つようには気を付けています。
 なので空間や構成や振付の仕方については、今までやったことのあるものや見たものは絶対に使いませんし、同じ方法で評判を取ろうとも思いません。作品はすべてゼロから創ります。そうやっていると飽きないんです。だから毎回冒険ですね(笑)。

 ― 出演するダンサーへの要望は?

 身体を連動させ最大限使うことについては厳しく言いますが、その分発想を幅広く持ってもらうように促します。
「上手に踊らなければいけない」という思いも大切ですが、作品を通して自分の可能性を見つけていってほしい。駒になるのではなく、自立した様々な考えのダンサーが集まる作品は面白くなるはずですから「自分らしく自由にやっていいんだな」という信頼を築いていくことが大切です。
 僕の考えるダンスは、どんな人間でも輝ける可能性を秘めていること。その環境や条件を設えるのが僕の役割だと思っています。そのように振付を進めていきます。

 ― 本公演はどのような内容になるのでしょうか?

 シーンの数と小道具が多いですね。それを使いこなすのにダンサーたちも振付もちょっと大変ですが、このベートーヴェンの第九のストレートな曲調とスウィング感は、振付家にとってはごまかしが効きません。「変に格好つけずにストレートに来い!」とベートーヴェンに言われているみたいです(笑)。

 ― ご自身のことを少し教えてください。オランダのスカピーノバレエ団に1年間の留学経験がありますが、そもそも
   バレエをはじめたきっかけは?

 母がコンテンポラリーダンスとバレエ教室の先生で子どもの頃から稽古に連れられていました。父はイベント関係の仕事で様々な歌手や芸能人を相手に仕事をしていました。僕が子供の頃から父と母はダンスをはじめ、ありとあらゆる芸術全般はもとより、サブカルチャーや政治や歴史や経済や思想を僕に教えてくれました。そのことが今とても役に立っていると思います。

 スカピーノバレエ団は今は現代作品のみを上演しているバレエ団です。世界中から様々なダンサーが在籍しています。朝のバーレッスンから自由な雰囲気があるのですが、その反面、身体にはシビアで最大限に動かすことを重要視していました。そういうところがとても好きだったので、今振り返ると、オランダに在住していた時にオーディションを受けてみれば良かった、1年でも働きたかったなぁと思います(笑)。

 ― 留学前と後で一番変わった点は?

 留学前は反骨心の塊でしたね。まあ今もそうなんですが(笑)。今思うとそういう気持ちを作品の原動力にしていたような気がします。そしてなんとなくこのままでは自分の能力が頭打ちになるんではないかという不安もありました。
 留学時はとにかくキツかったです。肉体的にも精神的にも。「上手くなりたい」と泣きながら稽古していました(笑)。そうやってどうにもならない自分がいたときに、自分の弱味を見せざるを得ない状況になりました。

 ― 日本に帰国直後の忘れられないエピソードがあるそうですね。

 ある舞台に出演することになったのですが、開演前に面識のない紳士の方が来て「息子がすごい面白いダンサーがいるって教えてくれてね、山本くんのファンなんだ。今日は楽しみにしてるよ」と言われ、楽屋でひとり号泣しました。そんな風に言ってもらえるダンサーに今自分はなれているのかと。
 その経験を通じて思うことは、自分らしさを持ちつつ相手と寄り添う努力をすること。それさえ忘れなければ、これが「自分そのもの」と誇りを持てるようになりました。

 ― 山本裕にとっての「ダンス」とは?
 
 人間の可能性を引き出せるものですね。常に思うことは、どんな人でもダンスを楽しんでもらいたい。もちろんプロとして活動するには条件はあると思いますが、ダンスを楽しむことは誰にでもできる。上手い下手だなんて関係がないし、自信があるとかないとかも関係ない。そのことを知ってもらいたい。

 たとえば、普段からみんなが行っている「歩く」という動作や、テーブルに置いてある牛乳を「取る」という動作だけでも千差万別、自分自身を表現しているのです。これだってダンスのひとつです。

 ― 今のダンス界に望むものは?

 プロの世界であっても絵に描いたような優等生だけではなく、様々なタイプのダンサーや振付家が活躍できる場になれば。日本のダンス界ももっと世界に通用していくのでないかと思います。やはり縦一線で評価できるものを追い求めてしまうことが問題で、助成金やカンパニーが成り立っている海外の現状をただただ羨ましがっていてもしょうがない時代に来ています。
 ある意味これからはアナーキズムな思考が必要だと感じています。特定の権力や優劣に囚われずに、我々日本の現実の中でまだまだ試せることはあるし、ダンスそのものの楽しみ方ももっと提供する側から変えていきたいですね。もっと言うと面白いダンスシーンを生むためにはダンスという地に足を着けた状態で、様々な娯楽やサブカルチャーに対抗できる質と社会を巻き込む力が必要。
 作品に力を注ぐことも勉強することも当たり前、でもそれだけでは何も変わらない。ダンスがどう社会に関わっていけるか、今はそういった大儀に突き動かされて自分も作品も変化し、成長していけたらと思っています。

 ― 最後に、本公演の見どころについてずばり教えてください。

 過去、現代から未来に繋がる普遍的な「歓喜の歌」を描きたいと考えたところ、浮かんできたのは「家族」でした。
初めての出会い、人との関わりはここから生まれ、人生と言う旅はここから始まります。このことを皆様と共にもう一度思い出してみたいと思い、創作に着手しました。

 この作品は自身の成長によって変わっていく親子関係が主軸となっています。社会との関わりの中で、善悪に悩み、憎しみ合うこともあるでしょう。人はそんな厳しい壁を乗り越えた先に、本当に父を父、母を母と呼べる日がやってくるのではないでしょうか。そして肉体の誕生から精神の誕生へと向かった先には、例え離れ離れになった家族でも再び出会うことができる。そのことを信じてこの作品を上演したいと思います。

「さあ、踏み出してごらん
 純粋と残酷の世界へ

 輝く肉体はこの瞬間を待っている

 これは愛と生命を紡ぐ…
 歓喜の歌!」

 

 



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